森林作業道というものをご存知でしょうか。林業で間伐などの作業をおこなう際の道で、実は森の中にはこうした作業道が無数に走っています。今回は雪深い冬の北海道を訪れ、フリーの木こりとして活動する足立成亮(しげあき)さんの作業道づくりに同行させてもらいました。足立さんが目指すのは、現行一般的なものとは違う、木や森を残していく林業。その始まりとも言えるのが、森を傷めないこの作業道づくりです。
100年後の森をイメージするということ
「最近ようやくわかったことがあるんです。森の木ってでっかくなるんだなぁって」
北海道で林業を生業にする足立さんが、札幌市内にあるこの森を見はじめて10年が経ちます。木が育つスピードは太さで年間およそ5mm。10年で5cm。実感するにはそれだけの歳月が必要でした。同時に、道を作り続けてきた10年でもあると言います。ここで言う道とは森林作業道と呼ばれるもの。毛細血管のように、間伐作業のための道を森につけていくのです。通常だと巨大な重機で、邪魔なものを文字通り押しつぶしながら入って行くことも多いと言います。当然、根なども徹底的に引き裂かれてしまいます。
いま足立さんが取り組んでいるのは、できるだけ森を傷つけないための作業道づくり。原則として道ができたら、人間はそこのみを利用して林業をおこなっていくというものです。人と木の縄張りを明確にする。そうすることで共存していくという考え方。
「やっぱり縄張りを分けないと争いが起こる。それはどの世界も一緒ですよね。共生するためのセパレートが必要です」
共存、共生というと混じり合うイメージがありましたが、しっかり分けることが重要だというのが足立さんの考え方です。足立さんが手がけるこの森の面積は約120ヘクタール。およそ東京ドーム30個分の広大さです。その7割がカラマツ。これは人間が利用する目的で植えたものです。東京で言うところの杉、檜のような存在と言えるでしょう。
「データ上は本来は外来種だったカラマツの人工林が7割、トドマツ、エゾマツが2割、その他1割ということになっていますが、この場所は、潜在植生の木々(もともと自生していた木々)、シラカバ、ミズナラなどがだいぶ入り込んできているので、その比率は変わってきていると思います」
侵入木が多い状態なので林業的には不成績ということになります。除伐対象となる木が多すぎて、管理が行き届いていないという見方もできますが、足立さんの考える林業は違います。
「自然的には多様性があったほうが、良い状態なんです。僕としては、そちらを追い求めて関わる森を誘導していきたいと考えています。植えられたものも、強いものはもちろん残していくし、後から入って来たネイティブなものも共存させていく、そういう森ですね。そうすることで森林資源のバリエーションも増えるので、林業的にも矛盾しないんです」
一様に同じ木だと、ある時に強い風が吹いたときに一斉に倒れてしまいます。病気も蔓延しやすい。多くの種類があったほうが外圧から守られるのです。道をつけたり、間伐したり、この森が良い状態になるように。明確なプランをしっかり持って、1年、5年間、20年間、100年というように計画を立てています。
足立さんが目指す100年後の森の姿はどういうものなのでしょう。
「僕らが収穫していくので、カラマツがだいぶ減っていると思います。健全な利用を続けていきたいですね。カラマツが減っているだろうと思う理由はほかにもあって、植樹された木は、一度苗木の状態で引っこ抜かれて、生まれた環境と全く違うところに、しかも上木が伐られた禿山に植えられているんです。極端に過酷な環境に運ばれ、弱った状態がほとんど。だから、どうしても短命なものが多い。でもその中の1割あるかないかの強い個体たちがしっかり成長して、その周りにネイティブな遺伝子を持った自然児的木々も産まれ、混ざっていくという状態が理想です」
人間が利用しようとして植えていたカラマツはほぼゼロの状態ですが、代わりにネイティブの広葉樹などが成長してきているので、本数を数えればそこまで変わらない状態。
「さらに言えば、こんなに密な森ではなく、疎林だけど大きな木が立ち並んでいるかもしれません。枝も伸び伸びしているから、空から見たら密度的にはすごいように見えるけど、本数は少ない、そんな巨樹の森ですね」
いまはまだ樹幹もまばらだし、幹も細い。これはまだ森として発展途上の状態です。ここから淘汰されていって、強いものだけが生き残っていく。
「これから始まるんです」
森を歩くことで見える“全体意志”
林業というと、伐って植えてを繰り返して行くイメージがあります。当然、足立さんも木を伐って出荷する作業から収入を得ています。ただ足立さんとしては、それよりも、森の全体意志と人間の営みの積み重なりが等しく共存し、それが残っていく森を持続させることの方が理にかなっているし、結果、資源として豊かなもの=「良い森」になっていると考えています。
「良い森に価値がある、そんな未来が来て欲しいですね」
すぐ結果が生まれないから、一般的にはわかりにくい。10年やってきてようやく木が大きくなったと実感できるくらいのスパンなのだから当然の話です。
「だからこそ自分の中でしっかりとコンセプトを持って、それをどれだけこの森に残せるかが重要だと考えています。僕の死後にこの森に入ってきた林業の人が、そのまま引き継いでいけるような、土台作りですね」
この日は、そんな森を作るために必須の森林作業道をどう付けるかの調査に同行させてもらいました。
「今日は、対象エリアまで行って、全体のバランスを見ながらどこに道をつけるか検討します。テープで目印を残し、GPSにも座標を落として、家に帰ってから図面に起こしていきます」
それにしてもなぜ雪がある冬に調査をするのでしょう? 普通に考えたら大変そうです。
「夏場は笹が繁茂していて、とてもじゃないですが調査どころじゃないんです。背丈を超えますからね。冬は雪が覆い隠してくれるからこういう風にスキーで移動ができる」
そういって、軽やかに滑り出す。木々の間を縫っていく様子はまるで野生動物のようです。
「この笹の問題は、歩くのが大変なことだけではなく、例えばネズミの隠れ家になるということにも影響しています。本来は猛禽類などにもっと捕食されるはずなんですが、笹に覆われているから見つかりにくい。ネズミが増えることによって、苗木の根っこなども囓られてうまく育たない。悪循環が起こっているんです」
さきほどからしばしば出てくる「森は全体意志」という足立さんの言葉が腑に落ちます。なにかひとつにフォーカスしても見えてこない。いくつかの要素を同時に検討して、さらに長期的なスパンで見る必要があるのです。
未来の森のために人間ができること
ときおり、木々の隙間から良い光が差し込んできます。森林作業道を作るための調査はひたすら地道に歩き回ることを繰り返します。足立さんは軽やかにスキーで移動していきますが、文字通り道無き道を行くので、アップダウンもあり、決して楽な道程ではありません。道を付ける、と言いますが、いったい森のどういうところを見ているのでしょう。素人目には、森は森。違いがよくわかりません。
「まずはスタート地点とゴール地点を地図上で設定します。その上で実際に歩いてみて、どこに道を付ければ収穫しやすいかを検討します」
そういった林業的なことだけではなく、森に対してインパクトを最小にすることにも気を使うのが足立さんの道作りです。ただ、どうしてもすべての木を迂回して道を作るわけにはいかないので、どの木を切るのか、というのはとても大切になってきます。
「例えばここ」と足立さんが指を差す先には、ヒョロッとした広葉樹と、立派なシラカバ。青テープでマーキングがされています。普通に考えたら太いほうを残したくなるところですが、逆だと言います。
小さい方はイタヤカエデ。粘り強く長く生きて、森のメインキャストになっていく木。大きい方はシラカバ。そろそろ役目を終える頃合いに見えます。よく見ると、シラカバの勢いが良すぎて、イタヤカエデに覆い被さっているようになっているでしょう。これを被圧というんですが、これではイタヤは育とうとしない。道を作るのに伐らなきゃならないとなると、シラカバを先に伐るという選択になりそうですね」
足立さんは、森の木々を呼ぶとき、たまにキャストという言葉を使います。木々にはそれぞれ役割があって、そのバランスを調整してあげることで、最高の舞台になる。だから、樹種をしっかり見て、全体意思の行き着く先をイメージしながら切る木を選別していきます。
「自分の足で歩くことだけでなく、俯瞰してみることも重要です。衛星写真で捕捉されない道がいいですね。それはつまり、のびのびと広がっている健全な森の状態を壊さずに道がついたということになります」
いっぽう地面の様子は冬ではわかりません。道を作る前に笹を刈ると微地形が見えてくるので、そこで微妙な道のラインの変更が出てくることもしばしば。ディテールの調整を経た決定が夏場の道づくりの直前にあります。時間がかかり、肉体的にも大変な作業です。
「何度も通うのはシミュレーションが大事だからです。行き当たりばったりで上手くいくことはありませんから」
森作りというと植樹ばかりに目が行きがちですが、やはりバランスが大事。だから、もっと森そのものの調査というものに目を向けても良いのでは、というのが足立さんのスタンスです。森の生命力と収穫のバランスが取れていなければ、森は循環していきません。そのためには地道な調査が重要になってくるのです。植生はもちろん、水脈、土壌、地形、そして作業効率など林業的な目線。あらゆる角度から森を見て、検討し、行動する。15年でよくまあ、というほどの知識量は足立さんが真摯に森と向き合ってきたなによりの証拠です。森林作業道の第一人者であり「サントリーの森づくり」や四万十式作業道の提唱者で、現在も「田邊式作業道」を現役で作り続ける田邊由喜男さんの元に通い、厳しくも優しい指導を受けたこともあると言います。
「簡単にいろんなものを直せる世の中になりましたが、森はそうはいかないですからね。効率は良くないかもしれませんが、地道に歩いて調査するしかありません。環境問題について、自然治癒力に期待するという考え方もあると思いますが、僕からしたらそれではぬるい。人間が知恵を絞って積極的に介入しなければ、もう間に合わなくなるのではないかと思っています。人間も地球の一員、であるならば良い方向に進むように動き続けなければならない。だって、人間が地球に貢献できるとすれば、頭が良いことぐらいじゃないですか」
森の中での休憩中。「ちょっと気持ち悪がられるかもしれませんが」と前置きをして足立さんが言う。
「これだけ頻繁にいろんな森に入っていると、過去から未来へとまるで早回しのように見えるようになってくるんです。ぶわーっと木々が伸びていくアニメーションのような。すごく若い森にいても、巨木の神々しい森が立ち現れる。まあ幻視ですね」
それを幻で終わらせないためには、足立さんのように、しっかりと目的を見据えて地道に活動する人の存在が不可欠です。静かに息を止め森を眺めていると、足立さんが追い求める100年後の森が、私たちにも見られそうな気がしました。
outwoods 足立 成亮(あだち しげあき)
札幌市出身。木こりになる前は、写真家としてギャラリースペースの運営なども手がけ、2009年に林業の世界へ。2011年から1年間、滝上町役場の林務課の臨時職員を勤め、その後、独立してフリーランスの木こりとして、北道内各地の山林で環境共存型林業の提案をおこなっている。現在、道内10ヵ所の森に森林作業道を付けている。