まちが抱える木や森の課題に真正面から取り組む行政もあれば、一方で生活者にとって面白い場作りを企画したところ、偶発的に地域資源の価値を掘り下げ、あらたな森の循環に貢献するというケースだって存在する。埼玉県横瀬町にある工房〈TATE Lab.〉は「ふかく、たてにもぐろう」を合言葉に、木工を軸としたものづくり(ラボラトリー)とセラピーという2つの軸で、まちの内外に木の魅力を振りまく。そのユニークな活動コンセプトやキャッチーな木製プロダクトが生まれる背景に迫ります。
横瀬という小さなまちに挑戦者が集まってくる仕組み
TATE Lab.(たてラボ)のキーパーソンは渋谷でデジタル制作会社を経営する橋本健太郎さんと家具職人の加藤健太さん。2人とも地元近郊の出身で、学生時代からの友人同士。そんな2人が一緒に工房を運営することになる過程には、実は3人目のキーパーソンが存在する。
3人目とは、埼玉県横瀬町役場の田端将伸さん。町長との二人三脚で人口8,100人の町「横瀬」を全国的な知名度に押し上げた、いわゆるスーパー公務員である。横瀬町が掲げるスローガンは「日本一チャレンジする町」。小さな町だからこそ、小回りが利く。そのフットワークを最大限に活かして、広く町外からも挑戦者を募り、他より数多く挑戦することでその分多くの成功事例を生み出してきた。特にスタートアップ界隈ではその名を轟かせる行政のひとつだ。
「横瀬町では『よこらぼ』という仕組みがあります。地域課題を解決するための実証実験を行ったり、横瀬町にある資源を活かして新規ビジネスを創出するなど、幅広いアイデアを持ち込んでスピーディーに立ち上げることが可能です。これまで約7年間の活動で141件のプロジェクトを立ち上げました。小さなチャレンジをするチャンスは横瀬町にいっぱいあります。森林もそうですし、農業でも獣害対策でも、挑戦したい人が集まってきて、その受け皿として行政担当者だけじゃなく町内外の人が一緒に伴走していくのが特徴です」(田端さん)
この「よこらぼ」では毎月審査を実施し、提案者・町民・町の3者それぞれにメリットがあると判断されれば、速やかに新規案件が採択されていく。月2件ずつ新規プロジェクトが増えていく現状は、張本人の田端さん自ら「異常なペースですよね」とぼやいてしまうほどの活況だ。
「横瀬町は総面積の8割が山間部ですが、森林資源を積極的に活用して価値を高めるような活動は今まではあまり見受けられませんでした。木を伐採するための補助金を出す仕組みはあっても、木を使って価値を高める活動と両軸で循環しない限り持続可能とは言えません。そういった時、現状を打破して新しい価値を生み出すのは『面白い人』のチャレンジなんだと僕は思うんですよ」(田端さん)
TATE Lab.が生まれた背景には、チャレンジ精神を支援する横瀬町ならではの特別な環境があったのである。
ものづくりを通じて自分と向き合う。TATE Lab.の構想
かねてより地元に貢献したいと考えていた橋本さんと、ちょうど独立を考えていた加藤さん。TATE Lab.を起ち上げる前の約2年間は、田端さんらと様々な活動を共にしてきた。
「仕事柄クリエーター仲間が多いので、廃校した小学校を会場にクリエイターと町民が交流するイベントを主催したり、中学校にクリエイターが先生となって授業を行うプログラムを導入したり。また、子どもだけではなく、大人向けのキャリア教育を手掛けたりしました。また、現在TATE Lab.が入居する同じビルの1Fに『エリア898』という町営のコミュニティ・イベントスペースを作るお手伝いもしました」(橋本さん)
そんなとき、ビルの空きスペースを活用するアイデアを持ちかけられた橋本さんに、ある思いがよぎります。結果的にそれが後のTATE Lab.の構想へとつながっていきます。
「ゲームやアプリ制作など、ずっとデジタルの仕事をしてきたので、直接手で触れることのできるアナログ感のあるものにずっと関わりたいという思いが強くなってきていました。そこで、ものづくりの工房をここで始めたいと考えて加藤を誘うことにしました。最初は木に執着していたわけではないのですが、ShopBot(ショップボット ※注 コンピュータ制御の木工切削機)の存在が大きく影響しました。自分が得意とするデジタルデータを活用したものづくりを可能とするShopBotを軸に、木工を中心に手掛けるクリエイティブラボラトリーという場作りにたどり着きました」(橋本さん)
さらにTATE Lab.のユニークさは、ものづくりを通じた健康面での効果にも注目したこと。クリエイティブ特有の作品づくりのプロセスを縦移動と定義づけ、ものづくりを通して自分の潜在意識へアクセスし、自分が本当に大切にしていることに気づくことができる。それらをクリエイティブセラピーと称し、ワークショップ型のプログラムを提供することを思いついた。
「人間の内面を表現するために、縦に掘る場所を作りたいと思いました。幸いにも横につながる場所は横瀬町にはたくさん存在します。TATE Lab.はものづくりで自分と向き合い、掘り下げることができる。何かに向き合い、掘って出すプロセスはそのまま、目の前のことに忙殺されている現代人特有の精神状態を少しでも緩和するクリエイティブセラピーになり得るんじゃないかと考えたんです」(橋本さん)
描いたスケッチを元にShopBotで自分が追い求める形に没頭したり、黙々と木の表面をヤスリがけするだけというワークショップも開催した。それらを通じて、思いもよらない自分の心の声に気づくことができるのだという。
面白いだけじゃない。地域の森を真面目に価値変換する
ラボラトリーとセラビーという2本柱を軸に「五感拡張型クリエイティブ制作室」として活動を開始したTATE Lab.にはさまざまな木工家具や内装デザインの依頼が舞い込みます。町からも役場の改装計画やキッズスペースの空間木質化など、絶え間なくオーダーが届きます。
「TATE Lab. が手掛けるものづくりでは、基本的にそのすべてを地元県産材のスギとヒノキの合板を使用しています。ここを始める際に、近隣の森を案内してもらったのですが、その時、森と自分との間に大きな隔たりがあることにショックを受けたんです。単なる材料として木を見るのではなく、森の木にあらたな価値を見出すためのものづくりの重要さに気づいた瞬間でした」(加藤さん)
「地元県産材を使用することは、広く地域外に材料を求める横移動ではなく、地域の資源を深堀りする縦移動という意味合いも出てきました。林業ってすごく大変な産業で、その難しさを感じる一方で、アイデアやデザインで地域資源を価値変換する楽しさも感じ始めています」(橋本さん)
そんなTATE Lab.の活動を象徴するオリジナルプロダクトも存在します。中でも『あたまのいす』は、ひときわ目を惹くキャッチーさ。
「頭を休ませることのできる椅子を開発できないか、というのがベースの発想でした。体を休ませるために座るのが一般的な椅子ですが、頭の場合は被ることで視界を暗くし、木の香りや音楽を感じることで、独自の空間を楽しむことができるような椅子にしました。いまでは横瀬町のふるさと納税の返礼品にも採用されているんですよ」(橋本さん)
木や森だけにとどまらず地域資源を多面的に刺激する「面白い人」たちの挑戦。その快進撃は今後も続きます。