テクノロジーがもたらすものづくりのよろこび - KIDZUKI
Category木と作る
2023.08.15

テクノロジーがもたらす
ものづくりのよろこび

デジタルテクノロジーを使い、あらゆる人が建築や家具づくりを楽しむ。そんな未来を叶えるために活動する設計集団が「VUILD(ヴィルド)」です。建築分野を超えて注目される活動の目指すところはなにか。同社の最高執行責任者である井上達哉さんに話を聞きました。

 『生きる』と『つくる』がつながる社会

住宅をはじめとする建築産業はいま、高度に専門分化しています。その結果、人々にとって建築はわかりにくく縁遠いものになったのではないか。そんな問題意識を起点に活動を始めたのが、デジタルテクノロジーによる建築産業の変革を目指す設計集団「VUILD」です。同社の最高執行責任者である井上達哉さんは、そのビジョンを「『生きる』と『つくる』がつながる社会」だと語ります。もともと過疎化が進む岡山県西粟倉村で、木材流通の新しいあり方に挑む木材加工会社「西粟倉森の学校」の立ち上げに携わった井上さん。自身は川上にある森を、創業者である建築家の秋吉浩気さんは建築という川下を担当しているといい、テクノロジーを通じて両者をつなぐことが使命だと続けます。

今年5月、VUILDは米国のコンピュータ制御の木工切削機「ShopBot」とパートナーシップを結びました。NCデータ(加工プログラム)にあわせて自在に木材を加工するこの機械を日本でいち早く紹介した彼らは、締結時までに37都道府県で174台の導入という実績を重ねています。彼らは同時に、ShopBotにクラウド上でデータを展開できるプラットフォーム「EMARF(エマーフ)」を提供。これは、世界のどこからでもShopBotにデータ送付ができる仕組みです。環境さえ整えばどこでも家具や住宅などの部材を切り出すことができ、人々は気軽に家具や建築物などを自作できる環境。彼らはこのように「建築の民主化」を実現しようと意気込みます。

Photo_HayatoKurobe

「そもそも人は生活をつくり、暮らしをつくり、自身が暮らす社会をつくってきました。主体的に生きるためにも、何かをつくるという行為は重要です。自らの手でなにかを作る時間は、ものが溢れかえる社会において我に帰るきっかけを与えてくれる。私たちは手触りのある豊かな生活を、自ら作っていけるようにしたいと考えています」と、井上さんはいいます。 しかしVUILDの活動は、人々に再び木工技術を身につけることを推奨するものではありません。むしろ現代のデジタルテクノロジーとデザインやクリエイティブの力を使い、現代の暮らしにおけるものづくりをアップデートする試みです。

EMARFがもたらす広がり

「日本の社会はいま、木をうまく使えずにいます。もともと豊かな森をもち、木造建築の技術をはじめ、木を上手く使う民族でした。しかし合理化や効率化のもとで木材は平準化され、その文化も失われつつあります。木材はただの資源ではなく、地域を活かす存在です。しかし、たとえば料理を趣味にする人は素材にこだわりますが、住宅や家具で素材の背景を気にする人はほとんどいません。いつからか、林業、住宅、ものづくりなどは、人々から遠い存在となってしまいました。畑で野菜を採ってそのまま料理するような感覚で木を切り、必要なものをつくるような環境が僕にとっての理想です」

現代の林業は効率的な大量流通を目的としたことで疲弊したと、井上さんはいいます。そうした地域にテクノロジーを提供することで、木の恵みをふたたび享受する暮らしを再構築していきたい。そんな思いは、富山県南砺市利賀村で実現した「まれびとの家」で一つの可能性を見せました。限界集落化と林業の衰退に悩む同村で、地元の工務店がShopBotを購入。現地の木材から部材を切削加工し、VUILDのメンバーと地元の人々の手で組み立てました。このプロジェクトは建築の新たな可能性を提示し、社会問題にアプローチしたなど、複合的な側面から高く評価されます。

「まれびとの家」は、ShopBotと地元の木材を使って地域完結の製作をおこなうことによって、これまで避けられなかった長距離輸送や環境負荷、時間、コストを削減を目指す。Photo_Takumi Ota

現在EMARFは、さらなるサービスの拡大を目指します。これまでEMARFは構造などの技術面はサポートするものの、意匠性を支援する機能はありませんでした。そこで創作支援用のツールとして「EMARF AI」を発表。ChatGPTによるテキスト入力でユーザーの思い描く姿をモデリングすることができ、より使いやすい内容へと進化しました。しかし井上さんは誰もが自由にものをつくれるようになるにはいくつものハードルがあるとし、その精度を高めたいと意気込みます。

「DIYでの家具制作でも、正しいサイズで部材を切り出すことは難しい。それもデジタルツールで解決可能です。高齢化で技術をもった職人は減少していますし、テクノロジーをうまく活用することで、もっとたくさんの面白いデザインが生まれるはず。デジタルツールによって生まれた余剰な時間は、別のコミュニケーションや創作にあてたほうがいい。EMARFには、つくりたい人のミスマッチを是正することが可能なのです」

一方で市場での流通が困難な木材を即時データ化し、それらの管理販売を可能にするデータベースまで展開する「EMARF scan」も発表したばかり。これは、すべての木材が廃棄されない循環型社会の実現を目指すサービスです。建築部材の均質化で産業は飛躍的な成長を遂げましたが、同時にそれは、規格に適さない部材を処分することも意味します。また私的なニーズに沿って木材を製造する環境もほとんど失われました。こうしたレギュラーな木材に魅力を見出す人にとって、EMARF scanは素材と新しい出合いの場を作りだすサービスにもなります。

地域を生かす木という資源

さらに、VUILDはこの仕組みを援用したデジタル上の家づくりプラットフォーム『NESTING(ネスティング) 』も発表しています。いくつかの基準となるパターンをもとに、ユーザーがパラメーターを設定することで住宅の設計を可能にする仕組みです。構造や設備はアプリが最適解を導いてくれるため、ユーザーはゲーム感覚に設計を楽しむことができるといいます。すでに実証実験による一棟目が北海道に竣工しており、現在は24坪960万円(坪単価40万円)で建てられるオフグリッドのセルフビルドキットのプロジェクトが進められています。

井上さんは、あくまで誰もがものをつくれるテクノロジーと環境が重要だといいます。そして木を使うことを目的化するのではなく、木に関わる人たちとどんな未来を一緒に作っていけるかという視点で考えたいと続けます。

「オンラインのサービスを提供しているだけではつまらないと感じていて、フィジカルな感覚やリアルなコミュニケーションを楽しみたいと望んでいます。サスティナビリティを謳う政策のために木を使うことではなく、どのような森を作るかという継続的な視点こそが林業の本質であるとも考えています。森に行って木の使い方を考え、楽しむこと。その繰り返しで確実に世の中が良くなるという確信があるし、VUILDのサービスや仕組みが何かのきっかけがになるとうれしい。つくることが遊びに変わる瞬間こそが、僕らの目指すものです」 林業に関わる人たちは長い年月を見据えて行動しており、その意味で非常に尊いビジネスだと井上さんは言います。そしてそれは、「つまり自分の人生の価値を長い時間軸で見ることでもある」ともいいます。もっと木を楽しむ生活を取り戻したい。VUILDはものづくりの民主化を通じ、木の復権を目指しています。

井上 達哉 Tatsuya Inoue

1984年生まれ。岡山県西粟倉村在住。西粟倉村の地域材サプライチェーンを構築し間伐材プロダクトの製造販売事業を行う「西粟倉森の学校」の代表を経て、VUILDのCOOに就任。ライフワークとして、ちょうどいい材木ラジオ、モクタンカンや山主を面白がる会など、林業と建築分野を横断したプロジェクトを行う。

INFORMATION

Company VUILD
Photos Kohei Yamamoto
Writing Yoshinao Yamada

Share

  • facebook
  • Twitter

OTHER ARTICLES

SUPPORTER

KIDZUKIが募集する木のコミュニティ制度「KIDUZKIサポーター」に参加しませんか? 一緒に木の課題を解決するためのプロジェクトに参加したり、それぞれのアイデアやスキルで場づくり、コトづくりを共にするメンバーを募集しています。

SUPPORTER詳細へ

ご不明点、ご相談についてはお問合せフォームよりご連絡ください。