研究者・恒次祐子が追求する 「木が心地いい」と感じる根拠とは - KIDZUKI
Category木を知る
2024.03.14

研究者・恒次祐子が追求する

「木が心地いい」と感じる根拠とは

なんとも言えない清涼感のある香り。冷たすぎない手触りや、ふたつとして同じものはない天然の木目。木を取り入れた空間に入った時に感じる「なんだか心地いい」という気持ちは、どこからくるのでしょうか。誰もが直感的に感じるものなのでしょうか。東京大学の恒次祐子教授は、木が持つ癒しの効果について科学的にアプローチした研究を行っています。現在わかっている木の力と、これから期待できることとは何かについて聞きました。

木の研究でもあり、人の研究でもある

恒次先生が所属しているのは、東京大学大学院農学生命科学研究科にある木材物理学研究室。「木材をはじめとする生物の作った組織が材料として物性をどのようにして発現するのか、その機構を解明」している研究室です。研究としては、大きく2つに分かれていると教えてくれます。ひとつが、嗅覚や視覚、触覚など、それぞれの感覚に合わせて条件を統制して行う実験。もうひとつは、建物内や森林のなかなどリアルな環境下での実験です。

「私たちが行っているのは、木の研究でありながら、人の研究でもあるんです。人の身体と心に、木がどういう影響を及ぼしているかというもの。『なんとなく木が心地いい』と感じる人はたくさんいます。その根拠を探すという感じでしょうか。過去にはアンケートやインタビューによる調査も行われていましたが、どうしてもその人の思い込みや経験に左右されてしまう。でも、条件を統制して心拍や血圧を測ると、数字としてより客観的なデータを取ることができるんです」

同じ条件のなかで木を触ったり香りを嗅いだりすると、心拍と血圧がどうなるかを計測することで、人間の身体への影響がわかります。その人の好き嫌いに関係なく、言葉を介さずに、木材が与える影響を客観的な数字として知ることができるというわけです。

「ただ、それはあくまでも限られた条件のなかでの実験です。実際の家や森の中という環境での実験なら、リアルな状況に近いですよね。そこで数値化できれば良いのですが、気温や湿度などたくさんの要素が絡んできてしまうので、こちらは実験室の実験とはまた違う観点からの研究が必要になると考えています」

限られた条件だからこそ得られるデータがある一方で、リアルさを求めると数値化が難しくなるというのは、よく理解できます。私たちの心身も、毎日同じ状態ということはあり得ません。とはいえ、やはり木がどんな影響を及ぼしているのかが数字でわかるとより納得できるというもの。実際にどのような実験を行っているのか、具体的に教えていただきました。

木の香りや触感が人に与える影響とは?

木が醸し出す独特の清涼感ある香りに「すっきりする」「心地いい」という思いを抱く人は多いはず。ただ、それは先生が話すように、その人自身の経験や思い込み、好き嫌いという感情からきているのかもしれません。一方で、人間が自然を好きなのは「生まれつき」という考えもあります。では実際「生まれつき」の反応はどうなるのか?と考えて実験を行ったのだそう。

「生後3ヶ月までの赤ちゃんを対象にして、木の香りを嗅がせるという実験です。まだ木の香りを嗅いだこともなければ、森の中に入ったこともない赤ちゃんなので、思い込みも好き嫌いもない状態。結果としては、木の香りを嗅ぐことで心拍数や脳の血流に反応がありました。木の香りに心地よさを感じるのは、生まれつきの部分もあるかもしれないということがわかったんです」

木が持つ香りの成分の中でも、特に松や檜に多く含まれている成分を嗅がせたところ、心拍数が下がり、脳が活動的になったのだそう。それまで泣いていた赤ちゃんが、香りに反応して泣き止んだという事例もあったと言います。「木は身体にいい」という先入観がなくとも、人は木に癒されることがあるとわかります。

「もちろん、赤ちゃんに限らず、大人でも同じように反応があります。心拍も血圧も下がり、副交感神経が上がるという報告が多い。まさに『リラックスしている状態』になれるので『癒される』というのは間違いではないんです」

また、実際に木製の手すりや棚板を使った触り心地についても研究をしています。金属やプラスチック製などとの比較や、針葉樹と紅葉樹の違い、塗装の有無、塗膜の厚さなど、さまざまなパターンでの実験です。比べることで、血圧や心拍にどの程度の違いが出るかを示すものでした。

「木は熱伝導率が低いので『ひやっ』と感じることがほとんどないですよね。逆に鉄は熱伝導率が高いためにすごく冷たく感じて、実際に触ったときの血圧上昇も木より大きいんです」

たとえばあたたかい部屋から出て、寒い廊下の手すりに触った時、木よりも金属やプラスチックの方が冷たく感じるというわけです。それが小さな差だったとしても、毎日積み重なればストレスに感じることも。

「少しでもストレスなく、身体に優しいものをとなると、やはり木を使ったほうがいいと私は感じています」と恒次教授。嗅覚や触覚の実験結果として、木に癒されるという結果が数字として表されることがよくわかります。

では、見た目である視覚はどうでしょうか? たとえば無垢材を見た時と、木目のプリント材での違いはあるのでしょうか?

「私の実験ではないのですが、本物の木材を使った部屋と、木目をプリントしたシートを貼った部屋とで過ごしてもらっての比較の報告があります。木だと思っている間は両者に変わりはないのですが、プリントの部屋にいる際に偽物だと伝えると、疲労感が上がって成績が低下するという結果が出ていました。知識で変わるというものですね。これはその人の価値観によるところもありますが、木がいいと感じながらすごすことのメリットは伝わると思います」

ほかにも、寝室に木質内装を多く使っている人の方が不眠症の割合が少ないという研究や、木造化や木質化した学校の方がインフルエンザなどによる学級閉鎖の割合が減るという報告も。そのように、木が人に与える生理的な影響について、さまざまな方向からの研究が進んでいるのだそう。なんとなく「木が心地いい」と感じていたことも、改めて科学的に実証されれば、より木に対する価値が高まっていくことは想像できるでしょう。「なんとなく」と「確信」では、大きな違いがあるのです。

研究の意義と、これからの課題

恒次先生を始めとする多様な研究の結果を知れば、当然、木による建築物に対する効果を知りたくなるものです。実際、先生自身も、住宅以外にターゲットを広げる必要があると感じていると話します。

「今までの実験では、木の家でどれだけ安らげるかがテーマでした。でも、学校やオフィス、病院などにも木の使い道が広がってきていることから、人が建築に求めるものが変わってきていると感じます。オフィスだったらいかに楽しく効率よく仕事ができる空間かと考えますよね。学校なら子ども、病院なら病気の人が対象になってくるので、実際の現場で使われているような研究が求められていくと思っています」

住宅はもちろん、より広い空間でどのように木を取り入れていくか。どう役立てていけば効果があるのか。それが求められている流れがあるのだそう。一方で、木を使い続けるための課題も、より明確になっているとも続けます。

KIDZUKIでも住宅以外の木造・木質化の建築の紹介を重ねています。
@三菱地所ホーム本社『TOKYO BASE』

「持続可能、再生可能な材料ですし、木なしでは温暖化に対抗できないと思っています。でも、まだ森林との循環がうまくできていない面もあって。切った後に『植える』というところまで手が回りきらない。担い手がいないんです。『森林を育てること』が、きちんと業として成り立ち、若い人が夢を持ってできるような仕事になることが重要だと感じています」

そのためには、多くの人に木や森に興味を持ってもらうことが欠かせません。恒次先生の研究は、その一端を担っているのです。木の効果が数字となって現れれば、おもしろいと感じる人も増え、取り入れたいと動く人も多くなるに違いありません。

「コンクリートや鉄と違って均一じゃないからこそ、材料として使う側が、山に入って知ることも大切だと思っています。そもそも木は、人間と同じように、生き物ですもんね。だから私自身も研究することが楽しいし、続けてこられたんだと思っています」

わからないから、知りたくなる。「なんとなく」の理由を確かめたくなる。興味の先にあるものを一つひとつ掘り起こすことで、木が心身に与える影響が紐解かれていく。その結果として、木材の価値がより具体的に高まれば、間違いなくたくさんの人が興味を持つに違いありません。実際、「なんだか木って気持ちいい」と感じていたことが、科学的に実証されるだけで自分が正しかったんだと嬉しくなる人は多いでしょう。その気持ちが、木に向き、森に広がる日はそう遠くないはず。研究がどのように広がっていくのか、どんな分野に効果を生み出していくのか、楽しみです。

恒次 祐子/つねつぐ ゆうこ

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 材料・住科学講座 木材物理学研究室 教授

独立行政法人 森林総合研究所研究員などを経て2021年より現職に。林産学、居住環境学の知見をもとに、木材の良さについてさまざまな角度から研究。木や森の良さを科学的なデータで裏づけ、示すことを研究テーマに。木材利用による地球環境保全効果の定量的な評価、木材や木材を用いた空間が人に与える影響などを研究している。


KIGOCOCHI(キゴコチ)

都市部のマンションであっても、木や自然の気配が感じられることで、住まいのあらゆる場所で五感を使った感覚的な喜びや安堵感が感じられる「居住地」を追求したリ空間木質化コンセプトです。KIDZUKIがコンセプトワークから材の選定、デザインチーム編成等を担いました。

https://kidzuki.jp/project/lignification-concept-kigocochi/

PEOPLE

恒次 祐子

恒次 祐子

Yuko Tsunetsugu

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 材料・住科学講座 木材物理学研究室 教授 独立行政法人 森林総合研究所研究員などを経て2021年より現職に。林産学、居住環境学の知見をもとに、木材の良さについてさまざまな角度から研究。木や森の良さを科学的なデータで裏づけ、示すことを研究テーマに。木材利用による地球環境保全効果の定量的な評価、木材や木材を用いた空間が人に与える影響などを研究している。

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INFORMATION

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻・材料・住科学講座 木材物理学研究室
Photo(Portrait) Manami Takahashi
Writing Kaori Hareyama

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