地域のものづくりの場として、2011年に宮城県石巻市で誕生した家具ブランド〈石巻工房〉。東日本大震災の復旧・復興を背景に、DIYを通して地元の人々の支援をおこなうとともに、デザインの力でDIYの可能性を広げる活動をおこなってきました。そして設立から10年が過ぎた現在、その活動はこの地に根ざし、プロダクトはもちろん彼らの思想は石巻を超え、幅広い場所、領域で求められています。彼らが積み上げてきたものを確かめながら、これからの「木」との向き合い方に考えをめぐらせます。
石巻工房のアイデンティティ
ショップやカフェ、オフィスや公共施設など、全国各地のさまざまな場所で目にする機会が増えた〈石巻工房〉の木製家具。シンプルで機能的、そして愛着がもてる素朴なデザインのプロダクトの数々は、業態を選ばず幅広い用途で活用されていますが、その素材やデザインの根底にある〈石巻工房〉のアイデンティティを忘れてはなりません。私たちが今改めて考えるべき木のこと、暮らしのことに結びつく、思想が込められているからです。
〈石巻工房〉が生まれた宮城県石巻市の沿岸部は、2011年の東日本大震災の津波で大きな被害を受けたエリア。その復興・復旧のためにものを提供するのではなく、被災者が「DIY(Do It Yourself)」を通して自らの手で暮らしに必要なものをつくり、自立運営できる産業を取り戻すための「ものづくりの場」を提供するという形で支援を開始。建築家の芦沢啓治さんをはじめデザイナーなどの有志が補修道具や木材などを提供、そしてDIYのワークショップを通して技術を習得した人々によって、被災した店舗や施設、仮設住宅などのための家具がつくられていきました。
DIYの木の家具をブランドに
「耐久性と汎用性が高い材料で、なるべく簡単に加工、組み立てができる」。材料と技術に制約が生じた震災直後のものづくりの現場を背景に、地元の人々とワークショップを重ね、必然的にたどりついた〈石巻工房〉が考えるDIY家具の考え方です。そしてその精神をもちながら、「手づくり」に「デザイン」という付加価値を吹き込んだ木製のプロダクトを販売することで自立を目指し、国内外のデザイナーが参画する〈石巻工房〉ブランドが立ち上がります。
「僕らが手がけるDIY家具は今ある材料でなんとかしようというところから始まったから、創造力が必要になる。『誰でもすぐ作れそう』ともよく言われるんです。でもその感覚が大事で。まずは真似して作ってみる。それができるようになれば、何かあったときにきっと対応できるようになると思うんです」
そう語るのは石巻工房の代表、千葉隆博さん。石巻で生まれ育ち〈石巻工房〉の立ち上げから復興支援、家具づくりに携わっています。限られた材料とシンプルな加工で作る家具。それはデザイナーにとっては時に厳しい制約となりますが、同時にあらたな発想やチャレンジのきっかけにもなり得ます。〈石巻工房〉の背景にある揺るがないDIYの精神によって、ここでしか実現しないデザインが生まれ、現在約20組のデザイナーのプロダクトがラインナップしています。
木と向き合うための教育、創造力
そしていま、さまざまな社会要因への順応も常に求められています。耐久性と強度の高いツーバイ材規格の中から、これまでウェスタンレッドシダーを採用していましたが、入手が困難になったことから、2022年8月より使用樹種を国産材に変更。現在主に、宮城県くりこま産の燻煙乾燥杉、屋久島地杉、ノンフィンガージョイント集成材という3種類が採用されており、国産材を使用することでサスティナブルなものづくりに貢献するという意識も高まっています。
「使用する樹種が変わったことをお客様にお伝えしたところ、『レッドシダーだったの?』という反応が多くて。樹種にこだわる人って10人中1人か2人なんです。日本て木の国なのに、木の種類や性質をわかっている人はまだまだ少ない」と、生活者と木の関係における現状を千葉さんは考察します。
「木の家具をジーンズに例えることがよくあります。どちらも、新品好きな人とビンテージやダメージ好きな人がいますよね。石巻工房の家具を選ぶ人って、ダメージジーンズ好きみたいな人。ふしは気にならないし、傷がつきやすいけど、気にせずに使い倒すことがよかったり」
ふしを好み、さらにその場所にもこだわる人もいるそうですが、作る側の視点からするとふしの入ったいわゆるB材にランク付けされる木は、A材(角材がとれる真っ直ぐな木材)と比べて価格は安価ではあるものの、扱いづらく、時間と手間がかかってしまうという現実もあるといいます。
「ふしの入った材を効率よく使うとなると、直角を出さない加工になるんです。でもそうすると今度は、お客様にそれがどんな加工なのか説明して、木のことをよく知ってもらわないといけない。木の価値を定量化するのは難しい。だからこそもっと、木と向き合うための教育や創造力が必要で、それが石巻工房にとっても大切なことなんです」
“ふしを活かしたプロダクトデザインもおもしろそう” “丸太一本を99%無駄なく使って家具は作れるか?” “森に行き、そこで拾った木片でつくるワークショップの方が、より木を身近に感じられるのでは?” など、木を中心にKIDZUKIとの対話も次々と弾んでいきます。
震災の復興支援からはじまり、人や地域とのさまざまな経験を経てスケールアップを重ねている〈石巻工房〉。工房で家具をつくる職人は現在3名。国内外からの注文対応で多忙な日々を送っています。木の家具を作る側と使う側、その両者をつなぐ木への意識が、彼らのDIY家具を通して深まり、そして私たちの暮らしを豊かなものにしてくれるのでしょう。