NATURE/CODE/DRAWING プログラミングから生まれた「木」の芸術 - KIDZUKI
Category木を知る
2022.08.30

NATURE/CODE/DRAWING

プログラミングから生まれた「木」の芸術

普段意識することのない木の見え方、木の芸術性に気づくことで、人間にとって身近な「木」という存在を再認識することができるかもしれません。自然のさまざまな事象をあえてプログラミングにより人工的に、主体的に再現し、アートやグラフィックデザイン作品を生み出す気鋭のクリエーターによる「NATURE/CODE/DRAWING」という活動を通じ、木を知り、木の魅力に迫ります。

自然界を「意図的」に再現する、あたらしい手法

デザイナーでグラフィック・リサーチャー(視覚表現研究者)の深地宏昌さんとプログラマーでアルゴリズミック・デザイナーの堀川淳一郎さんのコラボーレーションで生まれた「NATURE/CODE/DRAWING」は、自然と人工、アナログ/フィジカルとデジタル/機械の二項対立を行き来する、これまで見たことのない自然物の表現を生み出しました。自然がもつ既成の規則性を数理的に読み解き、プログラミングによって再現した、水の波紋や地面のひび割れ、山脈の形状などの自然現象や風景。深地さんは、堀川さんが開発したデザインツールを使って作ったグラフィックを、「Plotter Drawing(プロッタードローイング)」で紙に描くことで、デジタルとフィジカルを行き来する独自の表現と価値を生み出しました。それらの様々な作品の中に、木の年輪を描いた作品があります。年輪のグラフィック作品の成り立ちをきっかけに、自然物、自然現象を描くことの意味や可能性とは何かを聞きました。

2022年7月に渋谷ヒカリエで開催された「NATURE/CODE/DRAWING」。会場にて収録した動画から

深地 「『NATURE/CODE/DRAWING』のグラフィック作品は、堀川さんの自然現象を再現するデザインツール「自然アルゴリズムによる3次元プログラム」をもとにしています。僕がそのツールのパラメーターを変えながらポスターデザインとしてふさわしいグラフィックを探り、そのデータを『Plotter Drawing(プロッタードローイング)』でフィジカルの世界に実際に1枚1枚描いていきました」

——そもそも起点になっているのは堀川さんのアルゴリズム・リサーチなんですね。
深地 「そうなんです。僕がそれを見て『これはおもしろい。ゾクゾクするし、とにかく視覚的にかっこいい』と思ったんです。これはグラフィックに転用したらおもしろいものができると考えて、『一緒にやりましょう』と相談させていただきました。今回作品化したものは堀川さんのリサーチの中の本当に氷山の一角なんです。僕はカッティングプロッターという、データに沿って刃が動き紙を切り出していく機械の刃を筆記具に替えて、紙に描くPlotter Drawingという手法で作品化しましたが、同じアルゴリズムを別の人が別の手法で使えば、まったく違うアウトプットになると思います」

——まったく違うデータ解釈になる。
深地 「そうですね。『デジタル・データをいかにしてフィジカルに落とし込むか』に、このコラボレーションの本質的価値があるなと思っています。絵的におしゃれにすることはほかのデザイナーさんでもできると思いますが、今回の作品は僕らにしかできないものになっていると思います」

——作品は何で描いているんですか?
深地 「筆ペンやボールペン、鉛筆にロットリングなどです。年輪の作品は筆ペンです。なのでペン特有のタッチ感が出ていますね。ロットリングで描くと、ロットリング特有の掠れが出ます。それぞれ持ち味や個性が違うので、作品に合わせて変えています」

——紙も違いますよね。
深地 「例えば筆とロットリングでは最適な紙がちがいます。最終的に出来上がる作品は、筆材や紙の凹凸、湿度や気圧など、フィジカルの要素に引っ張られるので、アナログな感覚的なことを理解していないとできなくて、最後は泥臭いフィジカルの検証の連続です。元となるのはデジタルで数理的な計算だけれど、その融合がおもしろいですね」

自然現象をアルゴリズム化し、それをツールにグラフィックデザインを創り出す。さらにその作品をプロッターによって紙に描いていくことで、インクの掠れや強弱など、あたかも自然界で起こる「リアルな揺らぎ」の表現として浮かび上がってくる不思議な感覚

自然アルゴリズムで「年輪」ができるまでのプロセス

——自然に着目しはじめたきっかけっていうのは何かあるんですか?
堀川 「僕自身はなにかの形を再現することにもともと興味がありました。その対象は自然に限らずイスラム建築の文様や曼荼羅のような幾何学模様だったりします。そうしたあらゆる形のルールみたいなものを見ていて、自然も一見ルールがなさそうで背後には根幹としてルールがあることがわかってきました。そのルールに沿って成長を見ていくと、ある一定の形になるという研究が様々にあることを知って、それがすごくおもしろくて。幾何学からだんだんオーガニックな、有機的な、カオティックな形にも興味が出てきていて、いわゆるジェネラティブな形はどうやって作るのかに興味をもちました」

——もともとお二人とも自然に興味があったんですか。
深地 「自然は好きです。それを視覚的に表現する可能性はすごく感じていて、自然をテーマにしたい、とはもともと思っていました」
堀川 「僕の自然への興味は森林浴的な興味というよりは、エコシステムのようなこと。風が吹いたら桶屋が儲かる、じゃないですけれども。チェーン・リアクション的な自然の生態系やありように興味があって、その一環として形への興味があるんですね」

——堀川さんとしては、フィジカルな自然現象からデータ化する時の肝はどこにあるのですか?
堀川 「自然のデジタル化は、『どういう形状のルールがあるのか』や『形自体に何か特徴があるのか』といったプログラム的思考から始まります。『モジュールに分解して、その組み合わせでできている』というふうにものを解釈して、『その組み合わせ方を変えれば、モノの形は変わるだろう』という前提のもとに見ていきます」

——例えば、木の場合でいうと、どういうふうにモジュール化していったんでしょうか。
堀川 「年輪を見た時にルールがいろいろあると思います。実際の年輪の成長の仕方を考えると、細いところからどんどん年を追って、輪が広がっていくような形になる。それを基本的なルールとしながら、成長していく過程で外的要因を受けて変形していく要因も抽出します。『それを少し大げさに表現してみたらどうなるだろうか?』と試してみたりして必要なパラメーターを考えていくんです」

——成長の度合いは「こういう比率で輪ができていく」と測ることができそうですが、気候などはどう数値化できるんですか?
堀川 「気候の場合はまず時間軸を作り、時間軸に応じた位置、角度情報に、ノイズという連続的な乱数のような波の情報を加えます。波の周期を変えていくと、真円から始まっていたものが徐々に歪みながら成長していく。『成長率を変えている』感じですね」

——それが最終的に「木らしさ」「年輪らしさ」が感じられるアウトプットになるまでどんな段階が?
堀川 「僕の作り方は、あくまで主観的です。僕のデータ段階では深地さんの作品ほど暴れていませんでした(笑)。最終的にも円に近い形でした。成長具合やどういう環境の影響を受けるかは、スライダーで数値を変えられるようにはしていたので、深地さんにデータとツールをお渡ししたらなかなか荒い気性に設定されて、結果かなり歪んだ年輪に(笑)。僕が当初想定していた年輪の形とは違うけど、そこがむしろおもしろかった。『根幹のルールは同じだけど、場所や時間、周辺の状況みたいなものを変えることで、違う表情が出てくる』という表現はできているんじゃないかと思いますね。

偶発的な「自然」の美しさを、数理的に生み出す

——実際、最終的になぜこの年輪の形になったんでしょうか?
深地 「僕の中で『年輪の美しさってなんだろう』と思った時に、やっぱり冬芽と夏芽の成長による階調がきれいだという感覚的なことがありました。それをどうPlotter Drawingで表現しようかと考えて、二度描きで重ね描きして表現しています。濃い部分は筆が2回通っているんです。僕の中の仮説に対して、データを調整しながら最終的に仕上げていくんですけど、『その形にしたのはなぜか?』と言われたら、その最終判断は感覚としか言いようがありません。こうしたら美しくなるであろう方に向かって進めてはいくんですけど、最後の最後はもう本当に人間の感覚です。そこはコンピューターというよりは、人の仕事。僕はそれが大事だと思っているんです」

——「自然に存在するものと同じものを作りたい」という欲望ではないということですね。
深地 「ではないです」

——「あくまで解釈された自然である」と。
深地 「そうですね。自然を完全な形で再現する目的ではなくて、このプロジェクトは「グラフィックとして自然のアルゴリズムを活用したら、どういう表現の可能性があるか」の追求。サイエンティフィックにやっているわけではなく、ひとつの僕の解釈なんです」

——作品は木以外にもありますが、自然をアルゴリズム化する時、難しいポイントはどこですか。
堀川 「難しいポイントは、作る時に最終的な絵が見えているかどうか。出したい表現のイメージがあるかどうかということですね。木にしても表現できる手法はいろいろあって、年輪ひとつとってもいろんな見方があるわけです。どう表現するか、どこに注目しているのか、を理解するのが、たぶんいちばん難しいところかな。今回は深地さんに、なんとなくこういう絵を作りたい、と最初に見せていただいて、僕がそれをアルゴリズム化していったわけですが、僕がその写真から間違った情報を抽出しちゃうと全く意味がない、違うものを生成するアルゴリズムになってしまう。だから同じ自然を対象としていてもそこを理解するのがいちばん考え所ですね」

——現象は無数の把握しきれない情報が含まれているわけですよね。自分が切り取るポイントもあれば、切り捨てるポイントもある。その判断はどうしたんでしょうか。
堀川 「それが難しいんです」

——「ここまであれば形ができあがる」っていうパラメータの数や量があると思うんですが。
堀川 「まずは大まかな形ができることを目的として、最初はシンプルになるべく1〜2個のパラメータで考えます。そこから先程お話したノイズや表情など追加のディティールのパラメータを追加していくのがだいたいの大筋です。最初から多くのパラメーターを想定してしまうと、それぞれの相互依存が強すぎてヴィジュアルとしてコントロールしにくくなってしまうんです

——深地さん的には、デザイナー目線で見たアルゴリズムのおもしろさはどこにあるんでしょうか?
深地 「アルゴリズム的だったからこそ自然をグラフィック化できている、ということがまずは価値だと思っています。あとは、パラメータを変えることで無限の可能性が広がる、ということ。グラフィックの新しい表現の可能性としては、そこが大きいです」

——ある意味、手癖でやってしまうデザインというのから離れたかった?
深地 「そうです。作り方において、そういうものを取り入れるのは、僕は新しい試みだと思っています」

——堀川さんがモニター上で見ているものから、深地さんがプロッターで描いたものに実際なった時、どういう表現の転換になっていると感じますか?
堀川 「イメージとしては、かなり変わっていると思います。例えば、年輪ひとつとっても、モニターで見ると、一本一本の線が細くて均一の太さで、プロッターで描く線のムラみたいなものはまったく出ません。だからぶっちゃけモニターで見ると、あまり年輪っぽくは見えないんです。そこに深地さんのテクニックがあって、二度描きなどでムラのようなものを表現して、急にすごい生々しさが現れはじめる。そこらへんがすごくグッときます」

——逆にデータからフィジカルにすることで失われるものもあるんでしょうか?
深地 「堀川さんが言った均一の太さのような制御された緻密さはなくなりますよね。その分、プロッターで描いたものは生物独特の生々しさが出て、僕はそれを表現しにいっています」

——確かに不気味さみたいなものがあります。
深地 「自然の持つ風合いというのは、ちょっと怖かったりすることがありますよね」

——ARとかサイネージで表現しているグラフィックは、ある意味フィジカルなドローイングの一歩手前段階の作品になっていますね。
深地 「そうですね。それは僕の中では作品というより『過程を見てもらう』展示体験としてのディスプレイでした。過程を見せることでプロセスや構造を理解してもらって、より深く絵を鑑賞する体験をしてもらいたかったんです。建築は構造的な美しさを語られることがありますが、その感覚を持ち込んでいる感じはあります。デザインの文脈ではそこが抜けていると思っていて、僕は可能性を感じています」

アルゴリズムとグラフィックの横断による可能性

——一方で、アルゴリズムやデータには美しさという判断基準はあるのでしょうか。
堀川 「僕はあまり美しさみたいなものは気にしていなくて。作られる過程自体が表現できれば、それで良し、という感じなんです。美しさ自体は、デザイナーの深地さんに、何がグラフィックとして美しいのか、を探してもらっています」

——アルゴリズム上では「美しい」という概念にあまり意識的ではない。
堀川 「見た目としての美しさはあまり気にしてはいないですね」

——じゃあ、そこはグラフィックデザインとは領域を分けていると。
深地 「逆に、堀川さんから僕に委ねていただけたことによってできているものでもあります。今回は、グラフィックデザインとアルゴリズムデザインの橋渡しとして、〈フーディニ〉というCGツールをすごくいい形で用意していただけたことによってできているわけです。この『表現する人』と『表現のツールを与える人』のタッグという枠組み自体に可能性をすごく感じています。双方の方法論や表現への信頼と理解が必要で、言うほど簡単ではないんですけれども(笑)」

——ツールやルールを作る側と、美意識をもってそれを最終的に判断する側とが一緒になる。
深地 「今回、デザイナー、アーティストっていう立場の人間がフーディニというエンジニアさんのための言語、ツールを理解をしようとする姿勢はとても大事だったとあらためて思います。デザイナーはフーディニをはじめから操れはしないけど、『パラメーターをどういじればいいのか』や『どういうデータになっているのか』への理解はないといけない。これらの作品は、そういう寄り添いが両方にないとできなかったと思います。実際こういうやり方は、今後増えていったほうがおもしろいと感じています。デザインも職能横断じゃないですけど、専門はありつつも、プラスで何か必要なものを取り入れたり、寄り添うことは重要だと今回とても思いました。今後もそういうことは積極的にやっていきたいと思っています」

——このユニットの今後の展開は考えていますか。
深地 「アルゴリズムのアプローチとグラフィックのアプローチの掛け合わせで、今回は『ネイチャー』でしたけど、イラストでも展開してみたいと思っています。あと、今回は基本モノトーンでしたが、色を使った新しい展開とかもやりたい。やりたいことはいっぱい思いつくし、堀川さんの引き出しはいくらでもあるので、まだこれからという感じです(笑)。僕の中でだけで勝手に思っていることなので。堀川さんに相談しなきゃです。
堀川 「ぜひぜひ(笑)」

——ここにないもので今どんなものを考えていますか?
堀川 「今までよりももうちょっと複雑な、例えば雪の結晶や砂丘の波のパターンは想像が及ばなかったりするところもあるので、そういう論文を参照しながら実装してみたいですね」

——だんだん大きな風景みたいになっていく可能性もある?
堀川 「風景、ランドスケープみたいなのもおもしろいですよ。例えば山脈があって、その山脈の傾斜に応じて、どういう森林が生まれるかとかもできてしまいます。ここから雪が積もるとか」

——「100メートル上がるごとに気温が下がる」とかですね。
堀川 「斜面を解析して、気候と組み合わせて自動でランドスケープができるとかもあります。ゲームでも最近はそういう手法が取り入れられたりしています。そういうのもすごく好き。あと個人的には今、高機能な顕微鏡がほしいですね」
深地 「ミクロの世界もいいですね。木の作品は、実は天然石であるメノウも同じアルゴリズムで描くことができるんです。仕上がりの作品はまったく違うけど、『元を辿れば同じDNA』なんです。というように、違う姿をしたものの元を辿ったら、だんだん同じものが見えてくるって進化みたいでおもしろいですよね」

深地宏昌
デザイナー/グラフィック・リサーチャー(視覚表現研究者)。プロッター(ベクターデータを変換・出力する機器)を用いてデジタル・リアルの境界に生まれる偶発的表現をつくり出す手法「Plotter Drawing(プロッター・ドローイング)」を軸に新しいグラフィック表現の研究を行う。カンヌライオンズ、ザ・ワン・ショー、D&ADアワードなど受賞多数。
堀川淳一郎
プログラマー/アルゴリズミックデザイナー。幾何学や自然の生態をヒントに、アルゴリズムを利用した様々な形態の生成・研究を長年行っている。現在YouTube上で定期的にアルゴリズミック・デザインに関するチュートリアルライブ配信や動画を公開している。著書に『Parametric Design with Grasshopper』と『Algorithmic Design with Houdini』がある。

INFORMATION

Photo momoko japan
Writing Hiroyuki Yamaguchi

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