オランダ・アイントホーフェンを拠点とするデザイナー太田翔さんは、その木と向き合う独自のアプローチと挑戦的なデザインで国内外の注目を集める存在です。かねてから太田さんの作品づくりに興味を持っていたというトラフ建築設計事務所・鈴野浩一さんによるKIDZUKI連載『トラフと森へ』。今回は来日中の太田さんを迎え、デザインの原点から木への想い、そして未来への展望について語り合いました。
太田翔の原点。本物の木でしか出来ないことを考える
オランダ・アイントホーフェンに拠点を構える日本人デザイナー・太田翔さん。木に対する独特なアプローチから生み出される作品は数年前から鈴野浩一さんの目に止まっており、いつか共作したいと考えていたひとりだと言います。今回、東京で行われたデザイン展示会への出品を機に来日した太田さん。鈴野さんは、その機会を逃すまいと同時期に開催されたKIDZUKI CARAVANへの出演をオファー。その数日後の展示会場で鈴野さんとの対談インタビュー「KIDZUKI連載・トラフと森へ」も収録することになりました。
鈴野浩一(以下S)「太田さんに初めてお会いしたのは、数年前、ある京都のゲストハウスで偶然ご一緒したときでしたよね?」
太田翔(以下O):「はい、そのときは鈴野さんと一緒にサウナにも行きましたよね。僕の中で鈴野さんは完全に”サウナ師匠”という印象でした(笑)」
S:「そのときは写真でしたが太田さんの作品を見せていただいて、僕は衝撃を受けたんです。特に木のフシをそのままえぐり出したベンチやカウンターなど、そんなアプローチがあるのか。そもそもものすごい労力がかかる大変なことをしている人だな、という印象でした。作品に垣間見える太田さんの木への目線はどうして生まれてきたんですか?」
O:「オランダの大学院に通っていた当時のことなんですが、他の学生と比べても木のことには精通している自信があったんですね。そんなある日、僕がずっと使っていた木製テーブルが壊れて、脚が真っ二つになったんです。よく見るとずっと無垢材だと思って使っていたテーブルが集成材だったことがわかった。そのときに受けたショックが原点になった気がします。自分が見抜けなかった恥ずかしさもあったけど、フェイクには利点や存在価値もあって大量生産するうえでの合理性に非常に優れている。一方で、無垢の木を使うことへの意味をあらためて考え始めたんです」
S:「木を使ってデザインすることへの意識がそこで変わったんですね。面白いですね」
O:「フシは初期の頃からの枝が詰まっている部分です。それを彫り出すという行為は、1本1本違う木の歴史を探り、紐解くような意味を持ってくると思えたんです。そうやってフシを彫っている間は、木と僕の共同作業になる感覚があって、とても楽しいんです。結果的に多少は使いづらさにつながることになっても、僕は100%を人のためにデザインするのではなく、何%かは材料のために作りたい、そう考えるようになったんです」
S:「良い考え方ですね。フシが座面に飛び出したベンチも普通ではしないアプローチですもんね」
O:「はい。でも人のお尻のセンサーって、他と比較して相当鈍いらしいですよ。あのベンチに座った方100人に聞いても100人とも、ぜんぜん痛くない、って言われますから」
S:「見た目の印象とはだいぶ違うんですね。問題提議をするという意味でも、すばらしいデザインになっているんじゃないでしょうか」
木工家具メーカーでの修行を経て、たどり着いた意外なアプローチ
S:「オランダに留学する前は、そもそもどんなデザイナーになりたい、っていう方向性はお持ちだったんですか?」
O:「現在とはギャップがあると言われますが、オランダへ行く前は、ミニマルで機能主義的なデザインを志向していたように思います。ジャスパー・モリソンのようなデザイナーが当時の憧れでした」
S:「木を使ったデザインがしたい、ということでもなかったんですね?」
O:「はい、大学時代はインダストリアルデザイン全般を対象に勉強していました。僕はメカの入っていないプロダクトをデザインしたかったので大学の卒業制作では木を使った介護用の椅子をデザインしました。それがきっかけで木製家具をもっと追求してみたくなり、高山(岐阜県)にある家具メーカーである日進木工へ就職させてもらうことになりました」
S:「高山といえば木製家具の本場ですね。そこで得た経験はかなりの知識になりそう。当時はどんなお仕事をしていたんですか?」
O:「最初は製造部。その後、試作課と呼ばれる部門に異動して、木製家具の製造工程で使用する治具(じぐ)を担当していました。工場では木を加工するときに、何度繰り返しても寸法の狂いがなく、作業効率を落とさない必要があります。そのための適切な治具を設計するというのが僕の役割でした。1つの椅子を作るには大小200個くらいの治具が必要なんですが、その試行錯誤は楽しかったですね。日進木工には約6年在籍させてもらって、木工の知識を勉強しながら働かせてもらいました」
現在、太田さんが作り出す木製家具には、主に2つの方向性が存在しています。1つは先にあげたフシや木目を強調して仕上げる「According to the grain」。2つ目が「Surfaced」と呼ばれるもの。複数の木を寄せ集め、接着する。その後、座面や天板を手作業で削り出し、整形することで生み出される椅子やテーブルのシリーズ。複雑なディテールから、ポリゴンのようなデジタル性を感じられる作品にもなれば、リサイクル木材を使用した作品では、釘やビスの痕跡などがそのまま生かされ、木が経てきた歴史や風合いを感じられるような作品にもなっています。
O:「Surfacedは、家具メーカーの経験がある僕がその製造工程をそのまま逆にしてみたところから生まれたようなプロセスになっていて、そこに面白みを感じているんです」
S:「逆に、ですか?」
O:「家具メーカーでは、パーツを仕上げてから最後に組み立てます。Surfacedは一番最初に組み合わせてから、彫刻のように手で削り出し、家具という機能を作り出していきます」
S:「最終的な用途は一緒なのに、プロセスの違いが面白いですね」
O:「この手法だとメーカー時代に抱えていた”歩留まり”という呪縛からも解放され、均一に揃えるのではなく完全なユニークピース(一点もの)である点も作る側にとっては楽しいですし、廃材や古材のリサイクルにもなります」
S:「太田さんの経歴を知ると余計にギャップが面白いですね。じゃ、ここにある椅子のこの穴は以前使われていたときに出来た痕ってことですか?」
O:「そうなんです。アイントホーフェンでは毎年デザインウィークがあるんですが、作品展示用の土台として使われた部分をバラし、その廃材を集めた作品を翌年のデザインウィークで発表したのがこの椅子になります」
自然観の違うオランダで木と対話する。そして未来へ
S:「オランダという環境で木という素材を扱って作品を作る、デザインを提案するということにはどういう魅力を感じていますか?」
O:「そもそも土地がフラットですし、山も存在しないオランダでは自然観が異なっていると感じます。かつて人工的に埋め立てられた土地も多いです。人と自然が対局にあって、自然はコントロールするもの、という概念が主流なんだと思います。当然、木という素材に対する捉え方も違ってきます」
S:「そうだとすると、太田さんのデザインは現地では相当異質に見えるんじゃないですか? 受け入れられるのは大変だったりはしないですか?」
O:「ところが、そうじゃないんです。分からないもの、見たことがないものへの興味が旺盛というか。デザインウィークで作品を展示しても、しっかりと説明を読んでくれて、たくさん質問してくれる。おじいちゃんもものすごい反応を示してくれるんですよ。良ければ ”モーイ、モーイ(美しい、美しい)” って言ってくれるのが嬉しい。終わった後のモチベーションも上がります」
S:「新しい提案に対して、とても柔軟なんですね」
O:「数年前にアムステルダムのあるパン屋さんが僕の作品を商品を陳列するためのカウンターにしたい、と依頼をくれました。どことなくパンの表面に似ているというのもあったらしくて。僕からは、フシが多すぎるとメンテナンス等も大変だからと思って、フシが少ないプランも提案したんですが ”フシはなるべく多いほうが良い” と言う。一度良いと思ったものには大胆に賭けてくれる、作家へのリスペクトを示してくれる。もし上手くいかなかったら最初から作り直せば良い。そんなメンタリティもオランダならではの価値観かもしれません」
S:「今後はオランダ以外の場所で製作する計画などはあるんですか?」
O:「来年デンマークで行われる3days of design(合同展示会)にあるギャラリーから招待を受けました。1ヶ月くらい前に現地へ赴いて、作品制作をして最後に発表する予定なんです」
S:「日本でもそういう機会があると嬉しいですね。太田さんだったら誰かが残したいと思う木をそのままの姿で生かすことができそうだから、良いと思うんですよね。そういった木工作家への場作りだったり、誰かへの橋渡しを将来KIDZUKIでもできたらいいですね」
O:「はい。アイントホーフェンの僕の制作拠点は木工だけでなくメタル、セラミックの作業場が用意されていて、様々なアーティストが集まって、場をシェアできるように設計されています。そういう場所が日本にもあると良いなと思っています」
自然と折り合いを付け、共存する。そんな日本人の感覚を持ちながら、木や木工という共通言語を使い、文化の違う場所でも対話を続けてきた太田さん。彼の次の目標は、学生当初から描いてきた量産プロダクトへの憧れ。
O:「現在は質の良いギャラリストの方に恵まれ、量産の目線を持ちながらスモールスケールのアートをさせてもらっています。そこから、どうやって一般の人にも使ってもらえるようなプロダクトを作れるようになるのか。その為には、今とは違う目線が必要なのかもしれませんが、挑戦してみたいです」
TORAFU NOTE
木材における「フシ(節)」は、自然素材の特徴をどう扱うかによって、デザインの方向性が大きく変わります。近年、特に量産される家具やプロダクトでは、クレームを避けるためにフシを生産過程で取り除くことが主流になっています。しかし、せっかく木という自然素材を使うなら、その独自の表情を活かしたいという思いで、私自身もフシをあえて取り入れたデザインに挑戦し、試行錯誤を重ねています。
そんな中、太田翔さんの作品に出会い衝撃を受けました。彼はフシをただ受け入れるだけでなく、自ら手作業で掘り起こし、その特徴を中心に据えて作品を作り上げています。その考え方には目から鱗が落ちる思いがしました。「こんなにもフシを美しく掘り起こせるのか」と感銘を受けると同時に、自分でもフシを掘り起こしてみたいという衝動に駆られました。
一方、今回実際に目にすることができた「Surfaced」というシリーズでは、端材を連結し、一部を丁寧に削り磨き上げることで、木材の新しい可能性を提示しています。この「全てを磨き切らず、一部だけ磨く」という手法が絶妙なバランスを生み出し、木材と家具の中間のような、不思議な存在感を感じさせます。その仕上がりは、観る者に想像の余地を与え、作品の未来を思い描かせてくれるようです。
今回の滞在中には、太田さんがカリモク家具に滞在し、端材を活用した制作を行っていることを知り、ますます関心が高まりました。これからもKIDZUKIを通じて、より深化する太田さんの取り組みを深く掘り下げ、皆さんにその魅力をお伝えできればと思っています。
鈴野浩一(トラフ建築設計事務所)
PEOPLE
太田 翔
Sho Ota
オランダを拠点に活動する日本出身のデザイナー。飛騨高山で木製家具のデザインと制作に携わった後、さらなる知識と技術を求めてオランダに渡る。2018年にアイントホーフェン・デザインアカデミーで修士号を取得。同年に自身のスタジオを設立。日本で培った家具製作の経験を基盤に、効率性の枠を超え、美術的価値と収集対象としての魅力を備えた独創的なデザインを追求している。
鈴野 浩一
Koichi Suzuno
トラフ建築設計事務所主宰、KIDZUKI クリエイティブチーム・コンセプトディレクター 。1973年神奈川県生まれ。1996年東京理科大学工学部建築学科卒業。98年横浜国立大学大学院工学部建築学専攻修士課程修了。シーラカンス K&H、Kerstin Thompson Architects(メルボルン)勤務を経て、2004年トラフ建築設計事務所を共同設立。