自然の森のなかで育つ樹々の多様な価値に注目するデザイナー、狩野佑真さん。新素材「ForestBank」開発の経緯とともに、その目に映る木の未来像を伺いました。
自然のなかで見た、ありのままの木の姿
1970年代に建てられたスーパーマーケットの倉庫を改装したビルのなかにある、デザイナー、狩野佑真さんのアトリエを訪れると、多種多様な木片とともに自身が開発を続ける「ForestBank/フォレストバンク」のサンプルが所狭しと置かれています。
「ForestBankが生まれたきっかけは、2021年の冬に林野庁のプロジェクトで訪れた岐阜県の飛騨の森でした。分け入った山に広がっていたのは、個性豊かな広葉樹林。器用に曲がりくねったものや、片側だけにぐんと枝を伸ばしたものなど、日常のなかに見る木とはまったく異なる表情を見せる木々の姿が印象に強く残ったのです」
私たちの日々の暮らしは、フローリングや木製家具、建材など、たくさんの木製品に囲まれています。DIY好きの人ならば、ホームセンターでいろんなタイプの木材に触れたこともあるでしょう。しかし、それらすべては、ユーザーの使い勝手の良さを考えた上で、適切に加工されたものばかり。実のところ、私たちはそれらの木々が元はどんな形をしていて、どのような環境にあったのかを知りません。
「自然の森のなかには、傷一つなく、真っ直ぐに育っている木はありません。コブやフシがあるもの。鳥や虫に食われたり、雨風で折れ曲がったもの。地面には間伐で落とされた枝はもちろん、繰り返される四季のなかで落ちた木の実や葉っぱも混じっています。溢れる個性、幅広いバリエーションこそが、木、そして森のありのままの姿であり、それこそが美しいと思うんです」
より美しい表情を求めて
狩野さんは、端材はもちろん、経年とともに落ちた樹皮や枝葉、木の実、さらには森の土など、自然素材をそのままのかたちで収集。環境にやさしい水性アクリル樹脂、ジェスモナイトと混合しながら、型枠のなかにバランス良く配置していきます。最終的に表面を丁寧に削り出すことで、天然樹木の豊かさを率直に表現する新しい素材「ForestBank」を完成へと導きました。
「パーツをランダムに入れているように見えるかもしれませんが、実は木々は樹種によって性質や重みが違うので、何も考えずに流し込むと、一方に偏りがち。そこで部材の特徴を見ながら一つずつ選定し、レイアウトやバランスを細かく計算。表面の切削もコントロールするなど、デザインを丁寧に組み立てることで、さらに美しい模様が浮かび上がってくるんです」
見覚えのある木の姿に親しみを感じながらも、これまでにない素材表現に多方面から注目が集まり、これまでにミラノデザインウィークでの発表のほか、企業やブランドとのコラボレーションにも派生。マインド&スキンケアブランド〈BAUM〉の阪急うめだ店のメインマテリアルとして、空間設計も狩野さんが行いました。2023 年9 月いっぱいまでは、阪急うめだ店舗を皮切りに、全国の12 店舗のストアでもForestBankのディスプレイが展開され彩られます。
素材と向き合う、かけがえのない時間
しかし、なぜ狩野さんはそこまでして、素材のあり方にこだわるのでしょうか。
「パソコンを使えば、キーボードを叩いてマウスを動かすだけで色々な造形を作ることができますが、僕は昔からこうした作業が苦手。自分の手で一からモノをつくる方が得意でしたし、好きなんですよね。効率的なやり方ではありませんが、自らの手を動かしながら素材を触り、実験を繰り返すことで、脳裏に浮かんだイメージを確実に掴み、感覚をリアルに表現できますし、デザインがコンセプト止まりにならず、無限の可能性へとつながっていくような気がします」
通常ならば廃棄されてしまうものや、森のなかでいずれ朽ち果ててしまうものを素材としてリサイクルしているものの、「ForestBankがエコマテリアルだという意識はありません」と狩野さんは断言します。
「無駄をなくす。環境を守るという観点よりも、ForestBankで僕が表したいのは、森そのものがさまざまなものの集合体でできているという事実。加工され整然とした美しさではなく、雑多だけれど一つひとつの個性が輝く自然美。ForestBankが映し出す多様な表情から、そんな新しい気づきが生まれるといいなと思っています」
新しい土地に出かけるたびに、見たことのない木の表情と出合う。経験を重ねるほどに深まる興味。素材と向き合い、試行錯誤を繰り返すなかで、まだまだ勉強が足りないと実感する毎日。そうつぶやきながらも、狩野さんの目はきらきらとしたエネルギーに満ち溢れていました。
狩野佑真 Yuma Kano
1988年栃木県生まれ。東京造形大学卒業後、アーティストの鈴木康広のもとでアシスタントを務める。2012年独立。素材研究や部材開発から、プロダクトやインテリアを俯瞰する、独自のデザインアプローチを行う。代表作「RUSTY HARVEST」からA-POC ABLE ISSEY MIYAKEとジーンズを制作。そして「ForestBank」をスキンケアブランドBAUMの什器に展開するなど、自主プロジェクトが企業、ブランドとのコラボレーションへと、多様に派生している。
PEOPLE
狩野 佑真
Yuma Kano
1988年栃木県生まれ。東京造形大学卒業後、アーティストの鈴木康広のもとでアシスタントを務める。2012年独立。素材研究や部材開発から、プロダクトやインテリアを俯瞰する、独自のデザインアプローチを行う。代表作「RUSTY HARVEST」からA-POC ABLE ISSEY MIYAKEとジーンズを制作。そして「ForestBank」をスキンケアブランドBAUMの什器に展開するなど、自主プロジェクトが企業、ブランドとのコラボレーションへと、多様に派生している。