木と透明性。これまで結びつかなかった2つの要素がかけ合わさることでどのような価値が生まれるか。そんなわくわくする問いに大学生たちが向き合った過程と成果が初公開されました。企画展「Wood x Transparency?」は武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科木工研究室が資生堂みらい研究グループと協業した産学共同プロジェクトの成果展。木の未来を担う次世代と新素材の出会いから、木材の発展可能性や本来の魅力が浮かび上がってきます。
資生堂みらい研究グループによる新素材「透明木材」とは何か?
企画展「Wood x Transparency?」は、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科クラフトデザインコース木工専攻の3年次課題授業で、実際に学生たちが取り組んだプロセスと作品によって構成されています。
「従来のカリキュラムでは、クラフトデザインコースというだけあって、木工の中でも技術寄りな時間が多くなりがちでした。工具の使い方、例えば鉋(かんな)の研ぎ方のような領域に没入していく。実際それはそれでとても面白いのですが、学生の時点ではもっと視野を広げ、日本の木の文化や、どこにどのような樹種が生えているのか、など木全般への教養をが不可欠だと考えました。そこで得た知識や感性は、その後の技術やデザインにも必ず活きてくるはずだと思うんです」
プロダクトデザイナーであり、武蔵野美術大学准教授という肩書きを持つ熊野亘さんはそう語ります。そこで、木のリサーチをし、それらをまとめ上げ、アウトプットする能力を身につけるための特別なカリキュラムを考案。次にアーティストである本多沙映さんを講師として招聘しました。彼女の指導の元「WOOD – New Encyclopedia」と題し、日本の国産木材の新たな価値発見を目的とした多角的なリサーチを学生たちと進めます。授業は、毎年1つの樹種に焦点をあて、コンテクストとマテリアルのリサーチを並行させ、素材の特性を活かした表現を探究していきます。
そして2023年度の研究対象として選定された樹種、それが「透明木材」です。資生堂みらい研究グループによって開発された、生分解性と光学的透明性を合わせ持つ木材の新素材。自然由来の樹脂や、製造工程での環境負荷の低い薬剤を使用することで、循環型素材としての透明木材を実現しています。
では、なぜ資生堂が木材の研究を? 実際にこの研究をリードした資生堂みらい研究グループ・大谷毅さんに聞いてみました。「資生堂みらい研究グループは、10年20年先を見据えてあたらしい開発を行うチームです。必ずしも化粧品に直結しない分野も含め、幅広い視点で価値を創造するという目的のもと、木を化学的に改変するということに着目しました。個人的には、誰もがシンプルに驚くものを作りたいという思いもあり、透明木材の研究に至ったのです。透明な木を作ること自体は2016年にスウェーデンのある大学が見出した技術ですが、その段階では科学的な成分を使ったものでしたので、我々の研究グループではその技術を真に循環型の素材とするための開発を行い、2022年にそれを達成することができました」
「技術開発を進める部分は独自に進めることはできても、次に、その技術をどうやって使うか、という部分はなかなか見出しづらいということで、外部にご協力いただきアイデアを膨らませたいと考えました。そして、木に携わっている方々の中でも、より自由な発想を持っている学生たちと協業する機会をいただけないかと思いつき、プロダクトデザイナーとして資生堂ともお仕事をされていた熊野亘先生にコンタクトさせていただいたのが出発点となりました。実用に至るまでのハードルは多々ありますが、単に透明なものの代替や、木の代替だけではインパクトは弱いので、木であり・透明であることのあたらしい活用方法を見出すことが今後の目標です」
今回の企画展に並ぶ学生たちの作品は、透明木材のより広範囲な活用を想定して製作されている。現段階では厚みのある木材を透明にすることや、量産化を前提にした活用は技術的に達成できていないものの、それらを実現できる未来を想像し、あえて制約のないアイデアを作品として発表することにしたそうだ。
「透明になる」ことで、木材が持つ本来の魅力を磨き上げていく
透明木材を題材にした「WOOD – New Encyclopedia」の授業。その指導にあたった本多沙映さんに、そのプロセスについてお聞きしました。「学生たちが透明木材に向き合う最初の授業では、自分の身の回りにある透明なものを各自10個ずつ持ち寄ってもらい、その透明の魅力を発表してもらうことから始めました。次にグループに分かれ、木の魅力って何だろう? 木の色素を抜いて透明にしたらどういう展開があるだろう? といったアイデア出しやブレストをしていきました」
「木の魅力でいうと、風合いだったり、色味だったり、香り。それが透明になることで、未来感や繊細さ、爽やかさといったキーワードに変わっていく。それらをすり合わせした先に、もしも透明な棺だったり透明なログハウスがあったらどうだろう、みたいな自由で楽しいアイデアが飛び交いました。ここまでを準備体操として、頭の中で透明木材のイメージを広げつつ、次は実際に手を動かしながら素材と向き合い、実験を繰り返しました」
「次に実際に漂白の仕方と、樹脂を含浸させていく手法を資生堂さんのやり方で1回やってみて、さらに各々アレンジを加えていくことにチャレンジしていきます。そういった工程も今回展示しているんですが、樹種を変えたり、厚さを変えたり、木くずを透明にしたり。木を漂白すること自体がまず目新しいことなので、そこで出る色合いに面白さを見出す学生も出てきました」
一連の授業を進めていくと、中には透明木材という結果だけではなく、木を透明にしていくための過程である漂白自体に面白さを見出す学生も現れてくる。そういった型にはまらない伸びやかな発想こそ、学生ならではのもの。頭を使ったコンテクストのリサーチやアイデア出しと、ひたすら手を使い素材に没頭する時間の2軸を行ったり来たりすることで、それらをどう繋げていくかを各自が考えていきました。
学生たちの柔らかいアイデアで、木のあたらしい未来を切り拓く
そうして生まれてきたアイデアや作品が成果展として「Wood x Transparency?」に展示されています。透明木材という特殊な樹種に対する発展可能性は、未来の木の可能性を示唆しています。
透明なコマをさまざまな樹種で製作する、伝統的なヒノキの風呂椅子を透明木材にする、漂白したブナの木を編み込んで水を吸い込むことで除々に透明になる花かご、透明木材でできたクレジットカード、木目に着目した照明器具、同じく木目に着目した透明な定規、透明木材で実現したグラス、漂白することで木の色が反転することを表現したアート作品、透明木材でできた透明な店舗什器、透明な木目が重なって揺らぐモビールなどなど。アプローチはさまざまで、学生たちの発想は自由に広がります。
スツールとベンチを製作した木村紗輔さんは「透明木材の活用方法を考えたときに、普段は隠されている継手を浮かび上がらせ、強調することで木工技術を可視化できる作品を思いつきました。強度と美しさを兼ね備えた日本の伝統技術を未来に繋げたいという思いをこの作品に込めました」
クチナシの花をモチーフに作品を製作した高橋美香さんは「透明木材は本来は樹脂を含浸させることで透明にするんですけど、私は樹脂じゃないものをいろいろと試してみました。そして粘土が高いオイルを染み込ませると光が反射して半透明になることに注目しました。その気付きから体温で溶けて透明になる馬油を使った美容液、オイルが浸透することで除々に透明になりながら花が開いていく形状のディフューザーの2つを製作しました」
実際に木を使用し、あくまで再現可能な作品として思考錯誤しながら製作する学生。あるいはあくまで想像の範疇ではあるものの、透明木材から導き出された木の良さや潜在能力を探求した学生もいる。授業に名付けられた「Encyclopedia=百科事典」のように既存の樹種と並んで「透明木材という新種」があたりまえに存在する未来がある。立ち止まり、過去を掘り下げるだけではない。弛まぬ木の進化を存分に感じることのできる企画展には、木に対する希望や期待が詰めこまれていた。
企画展「Wood x Transparency?」
■会期:2024年1月12日(金)〜31日(水)*日曜日閉廊
■時間:12:00-19:00
■会場:(PLACE) by method 〒150-0011 東京都渋谷区東1-3-1カミニート#14
■出展者:武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科クラフトデザインコース木工専攻3年生
■主催:資生堂みらい研究グループ、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科木工研究室
■担当教員:熊野亘(工芸工業デザイン学科准教授)、本多沙映(工芸工業デザイン学科講師)
■キュレーション:本多沙映(工芸工業デザイン学科講師)
■協力:株式会社メソッド