連載『トラフと森へ』第3回 藍色に木を染める〈BUAISOU〉 - KIDZUKI
Category木と作る
2024.10.11

連載『トラフと森へ』第3回
藍色に木を染める〈BUAISOU〉

トラフと森へ。連載第3回は、これまで鈴野さんが数々のプロジェクトを一緒に手がけてきた藍師・染師〈BUAISOU〉楮(かじ)さんの待つ徳島の工房を訪ねる「木トリップ」に。木と藍染、2つの要素が出会うことで生まれた未知の美しさ。藍染の成り立ちや工程を再確認し、表現者同士が語り合います。その対話から、また新たなインスピレーションが生まれてきます。

藍染の本場・徳島で活動するBUAISOU
鈴野さんを介した「木」との遭遇

徳島県上板町にてBUAISOUが会社を設立したのは2015年。以来、藍染によるオリジナル製品やコラボレーション、ワークショップなどを通じ、藍染の既成概念を更新。国内外を問わず幅広く活躍している工房でありブランドです。

なぜBUAISOUは徳島県を拠点としているのでしょうか? 藍染は日本全国で行われている技法ではあるものの、その染料となる「すくも(蒅)」の産地として徳島の右に出るものはいません。江戸時代から本藍(ほんあい)と称されるのは阿波(徳島)の藍。それ以外で作られた蒅は地藍(じあい)と呼ばれることからも、その品質と名声は圧倒的なのです。

BUAISOUはそんな阿波の地で、分業制が主流の藍染を、原料となる藍の栽培にはじまり、蒅(すくも)造り、染色、デザイン、製作までを一貫して行っています。今回はBUAISOUの代表であり、藍師・染師の楮覚郎(かじ かくお)さんをKIDZUKIコンセプトディレクター鈴野浩一さんと訪ねました。

藍液を仕込むときに使う木灰汁(あく)はPH値を整える役割を担う。特定の樹種の木灰が適していることから、BUAISOUでは鰹節工場から出る木灰を循環利用している

鈴野浩一(以降SK):「楮さんに初めてお会いした当時は、藍染の製法や成り立ちについて、正直ほとんど知識がなかったんです」

楮覚郎(以降KK):「鈴野さんにお会いしたのは2018年ごろで、確か東京でしたよね。業界団体の方がお引き合わせしてくれたんです。BUAISOUの藍染を知ってもらいたくて」

SK:「はい。ご説明を聴くととても魅力的な活動をされていて、楮さんとなにかできたらいいな、と思いました。そこで、その頃手がける予定だった銀座のショーウィンドウの計画があって、そこでコラボレーションできないか、僕からお声がけさせてもらいました」

KK:「水がテーマだったので、冬の屋根に積もった雪や、雪の結晶を藍染で表現しました。藍染のふわっと色が消えていくような感じが素敵だと鈴野さんが言ってくれたので、それを雪に見立てて製作しました。思い起こせば、そのときも木を染めましたよね?」

SK:「モビールのようにブルーの木を吊り下げて、クリスマスツリーにも見えるような雪の結晶を作りました。なつかしいですね。」

KK:「その翌年でしたか?  Aesop(イソップ)の店舗の内装で藍染を採用したいというご連絡を受けました。計画をお聞きすると、とにかく大量の木を染める必要があり、どうやったら実現できるかという試行錯誤が始まりました」

SK:「楮さんとまずクリアーしないといけなかったのは大きさの課題でした。そこで、薄く長い木の板を藍染するための専用のステンレス製バット(槽)を東京で製作し、BUAISOUに送るところから始まりました。次に、やはり店舗の内装材ということもあり耐久性や耐光性の課題も見えてきました。樹種などはすぐに決まったんでしたっけ?」

KK:「最終的には白っぽいメープルが藍と相性が良いということになったのですが、その結論に達するには少なくとも3回以上はサンプルを東京と往復させて、相応しい樹種を決めていきました。ただ、すべてを同じ色に仕上げることはできないので、そこは一番最初に鈴野さんにご説明させてもらった記憶があります」

SK:「結果的には、その自然に生まれる板ごとのバラツキがとても美しかったんです。染め上がった板をすべて並べて検証していく作業はとても楽しかったなぁ。その頃には念願の工房を訪れることができて、単に染めるだけではなく、染めの原料から栽培するというBUAISOUの仕事の真髄のような部分も垣間見ることができました」

KK:「今振り返っても、とにかくものすごい木の枚数でしたね。最後まで藍液がもつのか。しっかり染まるのか。大変でしたが挑戦できて良かったです」

オーストラリアのスキンケアブランド〈Aesop〉ニュウマン横浜店の内装。鈴野さんは、横浜というイメージから連想された「海の青」を藍染によって表現したいと考え、BUAISOUに相談した (Image courtesy of Aesop / Photography by Takuya Yamauchi)

夏はみんなで畑に出る
染めるだけではないBUAISOUの1年

タデアイというタデ科の植物を土から管理し、自ら栽培する。6月以降から収穫までの間、昼間は畑に通う日々が続く

ひと括りに「天然藍」と言っても、職人によってもその考え方やアプローチはだいぶ異なると言います。BUAISOUの場合は、畑から農薬や化学肥料を使わない土づくりにこだわり、すくも(蒅)造りの工程でもすくも(蒅)と木灰汁(あく)、ふすま、貝灰のみで発酵させ、その後藍液で染めあげる。つまり、土から染めの工程までを一気通貫することでBUAISOUが考える「天然藍」が体現されていきます。

KK:「これが正解というものではないので、BUAISOUも新しいことに柔軟に、常に変化させながら取り組んでいます。すべての工程を自分たちで手掛けることで、そこにストーリーが生まれ、それらをオープンに伝えることで共感していただく、というのが僕らなんだと思います」

SK:「楮さんは最初から原料づくりまで手がけるつもりで藍染を始めたんですか?」

KK:「いいえ、僕も最初はみんなと同じで染めがしたくてこの世界に入ったんです。ですが、藍染を知れば知るほど、すくも(蒅)造りの大切さ、藍栽培の大切さに気づきました。染めるだけではない魅力、畑に出る楽しさにも魅了されていきました。その一方で収穫までにどれくらい草むしりに時間を割けるかなど、現実の厳しさ、天候との戦いに明け暮れています」

SK:「今日は染めたいのに、草むしりで畑にも行かないといけないってなっちゃいますね」

KK:「そのバランスは悩ましいんですが、さらに我が儘なことに、BUAISOUではその工程を分業化していないんです。畑の人、染める人、縫製などの加工の人など、1日を同じ作業だけこなすだけだと、やっぱりつまらない。だからみんなで畑に行く、みんなで全部やりたいんです」

SK:「すごい。携わる人間も含めて天然、自然にこだわるっていうことに聞こえました。それがBUAISOUが作り出すものの魅力につながっているんじゃないかな」

すくも(蒅)を発酵させ藍液をつくることを「藍を建てる」と呼びます。化学的に藍液をつくることが可能となった現代では、旧来の製法は急速に衰退しました。しかし天然の材料だけで藍液をつくる良さ、染める良さにBUAISOUはこだわり続けます。

KK:「僕らの手法は、その過酷さ、管理の難しさなどから『地獄建て』と呼ばれてきました。でも僕は地獄だと思ったことは一度もありません。これは畑からも一貫していることですが、ひとつひとつの工程をできるだけシンプルにすることを追求していった結果、自然由来の答えに近づいていったんじゃないかなと思っています。結果的にそれが一番効率が良かったり、ローコストだったりもしますしね」

世界的なブランドとのコラボレーションや、海外での大規模な展覧会開催など、BUAISOUの活躍するフィールドはどんどん広がっていきます。

KK:「2022年に香港で展覧会を開催してみて、作品づくりができる幸せをあらためて実感しました。作品を見た人のリアクションを目の当たりにすることで藍染の可能性を再認識したり……」

KS:「でも、工房を拝見していると、今でも個人からの染めの依頼も受けているんですね。すごく意外だな、と思ったんですけど」

KK:「色々なものを染められるのは勉強になりますから、個人からのオーダーには今後もずっと応えていきたいと思っているんです。どこか近寄りがたい存在にはなりたくないので」

KS:「いいですね。自分の身近なものを染めてもらえるのって、完成品とはまた違って、藍染に触れられる接点として一番リアルな体験になりそうですもんね」

収穫した藍から色素を含む葉部分を分別後、天日干しする。藍専用の機械は乏しく、手作業で行う工程が多い。暑さの中で行われる重労働だ
乾燥した葉を発酵させ「すくも(蒅)」と呼ばれる染料となる。蒅になれば10〜20年は保管が効くという。ちなみにすくも(蒅)作りを行う人は「藍師」と呼ばれる
第二次大戦中に軍服としてデニムを製造していたミシンなどを譲り受け、BUAISOUオリジナルのデニムを製造する。当時のミシンにしかできない独特の風合いが残されているのだという

世界にひとつの藍色でスツールを染める
10脚10色のグラデーションにチャレンジ

〈石巻工房 by Karimoku〉AA STOOLに染色を施した“AA STOOL DYED BY BUAISOU”は『DOVER STREET MARKET GINZA』にて10脚限定で販売された (PHOTO:Kyoko Nishimoto/BUAISOU)

KS:「これまでいろいろなものを染めてこられたと思うんですが、木を染める可能性にはずっと興味はあったんでしょうか?」

KK:「はい。鈴野さんから依頼いただく以前にもけん玉とか、木の数珠など、オリジナル製品を製作したり、木の藍染にチャレンジしていました。それらのプロダクトは、あえて木の経年変化を楽しむようなアプローチだったのですが、内装や家具となると色落ちや色移りとは無縁の世界。いろいろと思考錯誤しながら進めていく必要が出てきました」

KS:「今更お聞きしますけど、どんな木でも染まるものなんですか?」

KK:「はい。無塗装でしたらどんな木でも染まります。いろいろとやっていくうちに、染まりやすい樹種、染まりづらい樹種があることが分かりました。さらに同じ樹種でも部分により染まり方に個体差が出てきます。同じ時間浸けても結果が異なってきます。ただどんなに濃く染めても、木目がしっかり出るのが不思議なんですよね」

KS:「BUAISOUに染めてもらうのと、一般的な木の塗装とはやっぱり風合いがぜんぜん違うんですよね。今お聞きした色合わせ的な話ですと、『DOVER STREET MARKET GINZA』でお願いした限定スツールはかなり大変なことをお願いしてしまったんですね……」

2021年、KIDZUKIでもおなじみの家具メーカーであるカリモク家具と宮城県石巻市を拠点とする石巻工房の共同ブランド〈石巻工房 by Karimoku〉の人気スツール AA STOOLに染色を施したプロダクト “AA STOOL DYED BY BUAISOU”が『DOVER STREET MARKET GINZA』にて10脚限定で販売されました。そのプロデュースに関わったのが鈴野さんでした。

KS:「10脚を青のグラデーションで染めることによって1脚1脚は世界にひとつだけのスツールが出来上がってくる。そんなコンセプトをBUAISOUとなら実現できるんじゃないかと考えました」

KK:「10脚ごとの色合わせはとにかく苦労しました。隣り合わせの色の差ってそれほど大きくないので微妙な差で仕上げるのは本当に難しい作業でした」

KK:「でも取り組めて良かったなと思うのは、それを機に木を染めるという概念や完成度も結構変わったからなんです。AA STOOLってきれいにスタッキングできる椅子なので、寸法の狂いは許されない。そのためにはいかに水に濡れる時間を少なくして藍染できるか、工程を見直すことで、反りが発生しない方法を見つけることができたんです」

藍染という現代に残されたレガシーを伝承する立場でもありながら、変化を恐れない。木に限らず、常にあたらしい媒体の染めに挑戦し、その手法も表現も柔軟に更新していきます。

BUASOUの魅力。それは1箇所に留まらない思考を持ちながらも、自然と共生し、美しい染めを実現するために根気強くエネルギーを注ぐ姿勢にあります。その前提として、まずは人間が自然体であり続けたい、という究極のシンプルさ。作品であれ、プロダクトであれ、彼らが生み出す藍色からは、そんな「芯」を感じることができます。

2024年5月に完成した〈ARC’TERYX (アークテリクス)〉クリエーションセンター。そのメインエントランスでは鈴野さんとBUAISOUが新しく手がけた藍色の扉がお出迎えしてくれる(PHOTO:Tomooki Kengaku)
新作のAA STOOLも製作された。前回の全10脚から脚数が増え、さらに細かいグラデーション表現が施されている(PHOTO:Tomooki Kengaku)

TORAFU NOTE
2018年にBUAISOUの楮さんがトラフを訪ねてくれました。彼の爪が藍色だったのには驚きました。話を聞き始めてすぐに一緒に何か作りたいと思い、当時進めているプロジェクトの中で何が良いかを考えながら聞いていました。後で知ったのですが、BUAISOUはわずか3年目だったそう。実際に訪ねてみて原料の藍の栽培からデザイン、製作までを一貫して行っている姿勢には感心しました。木に藍染が施されると塗装では出せない素晴らしい色で、木の魅力が引き出されます。プロジェクトでは、クライアントにも是非工房を見てもらいたいと思い、徳島までお連れしました。帰り道にお連れした皆さんの爪が藍色に染まっているのを見て、彼らの喜びが伝わってきました。今後は「森のサウナ」と合わせて訪れることができるので、ますます楽しみです。
鈴野浩一(トラフ建築設計事務所)

PEOPLE

鈴野 浩一

鈴野 浩一

Koichi Suzuno

トラフ建築設計事務所主宰、KIDZUKI クリエイティブチーム・コンセプトディレクター 。1973年神奈川県生まれ。1996年東京理科大学工学部建築学科卒業。98年横浜国立大学大学院工学部建築学専攻修士課程修了。シーラカンス K&H、Kerstin Thompson Architects(メルボルン)勤務を経て、2004年トラフ建築設計事務所を共同設立。

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Photos Kohei Yamamoto
Text KIDZUKI

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