日本の中でも森林率がもっとも高い高知県に生まれ育ち、この地を拠点に山師、そして木を加工して作品を作るwood artistとして活動を続ける高橋成樹さん。時に自ら山に入り木を伐採し、時に独自の審美眼から木工作品を生み出す彼が、その両活動を通して伝えたいこととは。
“山のことを知ってもらいたい”という想い
「お爺ちゃんが製材屋、お父さんが大工という環境で育ちました。幼稚園生の頃くらいから一緒に山に入っていたので、林業の世界は身近にありましたね」
山師(やまし)とは、健康な森を育て、間伐し木材を生産する林業を生業としている人たち。その土地によって携わる領域はさまざまですが、必要に応じて木を伐採し、森の生態系を守っています。もともと山師として高知県の林業会社で働いていた高橋さん。自身の育った環境もあり、山師となったことは自然な流れだったと言います。今もその活動は続けている中で、作家としての活動をはじめた理由には、真摯に山や木と向き合う彼の想いがありました。
「まず、山師という職業がほとんど知られていないんです。さらには、木に対する間違ったイメージや知識を持っている人も多いと感じていて。たとえば、『木を切る=環境破壊』であったり、大きい木の方が酸素をたくさん出すというイメージを持っていたり。実際は、酸素を多く出すのは成長中の小さい木の方で、大きい木は切ってあげないと、小さな木も育たないんです。でも周りの間違った反応が多くそれが嫌で、一時は山師ということを隠している時期さえあったくらいでした。でもこのままではいけないし、山や木のいろんなことをもっと正しくみんなに知ってもらいたいという気持ちは強かった。それでまずは何か木のものに興味を持ってもらおうと思って、木のカップを小さな旋盤で作ったのがはじまりです。そしたら少しずついろんな人に作品を見てもらえるようになってきて、今に至ります。山のことを知ってもらいたいから、僕は今、ものを作っているんです」
独学ではじめた「wood artist」としての活動
シグネチャー的存在の「ケーキスタンド」をはじめ、洗練されたデザインの中に、木のユニークな表情と有機的な柔らかさが共存する高橋さんの作品の数々。そのバリエーションの豊かさは、また集めたくなる楽しさがあります。そんな作品づくりのための技術やルーツ、インスピレーションについてたずねると、すべて「独学」との答えが。
「最初にカップを作ったのは、僕自身コーヒーが好きで、コーヒーを飲むカップが欲しかったからでした。元々高知県外に出たことがなくて、影響を受けた作家やデザイナーも知らなかったし、いないんです。周りにはもっと県外でいろいろ見てきなよっていわれるのですが(笑)。ケーキスタンドは、知り合いのウェディングプランナーの方にウェディングケーキ用にと依頼いただき作ったのがはじまりです。それをSNSで見たスタイリストさんの目に留まって、あっという間に東京で個展をやろうという話になったんです」
作品をきっかけに木に興味を持ってもらい、自身の発信力を上げることでメッセージを伝えたいという想いで作家活動をスタートして3年目。現在は日本各地で開催する展示会をベースに作品を発表、販売しており、多いときは一度の展示会で500点もの作品を制作するそう。展示会以外の日は毎日休みなくアトリエで制作を続けています。
「去年は、東京や大阪など1年で6回展示会を開催しました。地元高知でも開催したのですが、県外からたくさん人が来てくれて。高知では年に1回必ず行うようにしています。子どもの頃からものを作ることがすごく好きで、自分が作ったものをお客さんに”すごい”って言ってもらえるような立場になりたいなということは思っていました。ずっと一人だし、僕が何をやっているかわかりづらかったのか、最初は近所の人に変な目で見られていましたが(笑)、先日このケーキスタンドを外で乾かしていたら、通りがかりの中学生の女の子たちが5、6人くらいが立ち止まって”すごい”って言ってくれたんです。嬉しかったですね」
そこにある木を使う、ということ
ほとんどが高知県の木から作られている高橋さんの作品。その背景には”そこにある身近な木を、選ばすに使うという”彼の強い想いとこだわりがあります。
「間伐しても、その木を山から運ぶにはお金や労力がかかるので、そのまま放置されてしまっている木は多いんです。そういった木を自ら山に入って下ろしてきたり、ナラ枯れによって建築材としては使えずに処分されてしまう木を安く買わせてもらうなどもしています。『いらなくなった木がある』と製材所が直接連絡をくれることもありますね。ちょっと変な木の方が模様や形がおもしろくて、僕はすごく魅力を感じるんです。木を選んで加工するのではなく、そこにある木で作るということを大切にしています」
制作に忙しい日々の中でも、徐々に作品だけでなく山のことについても体感してもらえるような、本来のビジョンに向かった活動への具体的な構想も高まっています。
「やっぱりまずは高知に来てもらって一緒に山に入って、切られた木が倒れているその瞬間を見てもらいたい。そして山の中に作品を並べて、山の食材でご飯作って食べるというようなツアーも面白いだろうなって。前からずっと思っていたことなので、そろそろ余裕ができてきたらやりたいと思っています」
高橋さんの体験と感性は、私たちに木へのあらたな気づきと大切なメッセージを与えてくれます。山師だからこそわかる山や木のこと。wood artistだからこそわかる人の興味や反応。二軸だった彼の活動が、少しずつひとつのストーリーとして紡がれはじめています。
PEOPLE
高橋 成樹
Naruki Takahashi
高知県生まれ。健康な森を育て間伐し木材を生産する山師であり、木を加工して作品を作るwood artist。両軸の活動を通して真摯に山や木と向き合い、正しい知識や情報を伝えることを目指す。