いま、オフィスの木質化が進んでいます。私たちが感じる木の心地よさは、働く環境においても必要なのでしょうか。そしてそ こにどんな効果を求めるのでしょうか。訪れたのは、今年6月に新宿イーストサイドスクエアに移転オープンした三菱グループの住宅メーカー、三菱地所ホームの新オフィス『TOKYO BASE』。KIDZUKIの開発プロジェクトによるオフィス家具を導入したこの場所で、同社の ワーク・イノベーション推進部長の中村和博さん、家具のデザインを手がけたKIDZUKIのコンセプトディレクターでありトラフ建築設計事務所の建築家、鈴野浩一さんとともに、 新しいワークスタイルと木の関係の考察がはじまります。
よりよい働き方を追求した先にあった「木」の存在
「木ってなんだろう。最近国産材を使ったオフィスが増えてトレンドにもなってきていますが、デザイン性や居心地の良さ、温かみを演出するといった木の機能性を活用する域を超えられていないのでは、と感じていました。だから我々がそのもう一歩先を行き、『木の力で感性を刺激できないか』と考えたんです。空間がオープンになり、人が行き交うことでイノベーションは生まれやすくなりますが、それだけではダメだと思っていて。世の中に提供できる、本当に価値のあるイノベーションをこの新オフィスから起こしたいんです」
そう語るのは、三菱地所ホーム株式会社 ワーク・イノベーション推進部長の中村和博さん。『TOKYO BASE』と名付けられたこの新オフィスでは、業務内容に合わせた席を自由に選択できるというABW(Activity Based Working)型のフリーアドレスの採用や、天井埋込型のウィルス除去装置「エアロピュアシリーズ C」、社員がリチャージできる空間「Mori」など、社員が安心・安全に、イキイキと働くことができる環境整備を追求し実装。そしてさらに、今回のワーク・イノベーション構想を牽引してきた中村さんが強く推す、「感性を開く」ための価値あるイノベーションの根幹の部分に「木」の存在がありました。
「エアロピュアなど、新しい生活様式に必要な装置の導入は当然なのですが、この新オフィスから発信したいのは、山積みする社会課題に対する具体的なソリューション。社会課題といってもカーボンニュートラルなどの事業に直結する領域だけではなく、貧困やジェンダーなどあらゆる視点で捉えていて、それらを解決に導くイノベーションを起こすためには、豊かな感性が必要だと考えています。感性を開いていくことで、いろんなものの本質や課題感が見えてくる。そのためにどんなオフィスを作っていこうかと考えた先に、木があり、そして三菱地所ホームの社員には、この考えが届くと思ったんです。 我々は住宅メーカーなので、日頃木を扱い、製材に触れていますが、都内で仕事をしているとスギやヒノキの原木に触れる機会が少ないことから、中にはまだ原木に触れたことのない社員もいるはずです。このオフィスを当社の中核的価値である国産材に直接触れたり、木や林業に携わる人々の想いにも触れ、木の力強さや可能性を知ることができる場所にしたかった。本来の木質化の観点からすると、カーボンオフセットや温かみの演出などが注目されますが、我々は、自分の感性を刺激する材料としてオフィスに木を採用したのです」
KIDZUKIが考えるオフィス家具から伝えたいこと
実際、この『TOKYO BASE』では、ワークスペース以外に来訪者との打ち合わせにも使用するカフェスペースや、社員の休息のためのリチャージスペースが設けられており、空間には同社の注文住宅事業で構造材として使用する国産材が、随所に活用されています。
特に「Mori」と名付けられたリチャージスペースは、5本の原木と人工芝が施された仮想の外部空間で、社員が業務から離れて休息をとりながらも、SDGsをはじめとする社会課題からファッションやカルチャーまでさまざまな外部の情報に、書籍、雑誌、デジタルサイネージを通して触れ、リラックスしながら自分の知識や知見を高めることのできる空間。それらの情報を収めた家具が「KIDZUKI LIBRARY」です。
サイズの違うブロック状の木材が、無造作かのように積み上げられた、3種類の木のかたまり。これらは三菱地所グループが手がける住宅に建材を供給する〈三菱地所住宅加工センター〉の素材、技術提供と、カリモク家具の制作という協働のもと実現した、KIDZUKIとしての最初の開発プロジェクト「KIDZUKI for Office」によるオフィス家具シリーズのひとつです。木と木の間には書籍や雑誌、モニターが収められており、リチャージスペースを囲むように設置されています。そのユニークなデザインの背景には、これらのデザインを手がけたKIDZUKIのコンセプトディレクターでありトラフ建築設計事務所の建築家、鈴野浩一さんの考えとインスピレーションがありました。
「中村さんのお話にもありましたが、もっと木に触れたり知ったりしたいという点で、三菱地所グループには、三菱地所住宅加工センターがありますよね。もともと今回のオフィス家具は端材を使って作りたいということで、現地にもうかがったのですが、カット、加工、アッセンブルされた木を住宅建設の現場に届けることを担う木に触れているこの場所は、三菱地所ホームの皆さんにとっても身近な存在です。だからこそ、新オフィスと加工センターを繋げられるような家具を作れないかと考えたんです。そのとき、工場内で、美しく積み上げられている端材が目に留まったことが今回手がけた家具のインスピレーションになりました。単純にその美しさに惹かれたのですが、その積み上がった端材のかたまりは月に何十個も出て、燃料として燃やされてしまうことを知り、それが僕にとって大きな気づきとなったんです」
「Mori」内に設置されたこの「KIDZUKI LIBRARY」は、現在は三菱地所ホームの新オフィスのために作ったプロトタイプ。鈴野さんの気づきからはじまり、他のオフィスや施設への展開も視野に入れながら、少しずつ改良やアイデアを重ねながらプロジェクトを続けていくことが大切な狙いです。そしてこの場所から感性を開くために、もっと伝えていきたいことがあると鈴野さんは続けます。
「無垢の構造材の迫力ってやっぱりすごくて、このように木が積み上がっている様子は、特にオフィス空間ではインパクトがありますよね。でも、僕が単純に美しいと思ったものがこのあと燃やされてしまう端材と知ったように、この家具もまだ、表面的な木としてでしか触れられていないかもしれません。だから、年輪や木の質感に触れるとともに、この木がどこから来て製材となり、そして家具になったかというプロセスやストーリーもこの場所でもっと伝えたいですね。それを知ることで今よりももっと端材が少なくなるような加工段階での発想も生まれるかもしれないし。そういうことが感性を開くきっかけになるのだと思います」
木が「感性を開く」と信じる、その理由
鈴野さんの考えは、中村さんが新オフィス空間に原木を採用したことへのこだわりにも通じます。
「三菱地所ホームでは、岩手、福島、山梨、南九州と全国4ヶ所の構造材を使用しており、そのサプライチェーンに対する想いも大きいですね。ただ単に木が渡されて流れていくようにみえますが、そこには携わる人々のさまざまな想いがあるんです。そのうちの1人、小岩井農牧山林部長の猪内さんと以前お話しした際、林業ってものすごく重労働でその中でも植樹が一番大変だけれど、植樹をしているときに、この仕事をやっていてよかったと感じると仰っていたんです。その理由を尋ねると、『いま植えたこの木を、50年後の後輩に届けられるから』と。その頃僕らは生きていないかもしれないけれど、今まだ生まれていない誰かのために植えた木が育って、後世のプロダクトとして活かされる。未来を豊かにするために汗をかいている人の姿や言葉がこのオフィスの発想に至った背景にありました。僕自身の感性がそのとき揺さぶられたんですよね。今、我々が事業で取り扱う木って自然に生えているものではなく、50年前に誰かが植えてくれたからあるわけで、そんな木への想いやストーリーを、他の社員にもしっかり伝えて、感性を豊かにしていくことにつなげたい」
「カルチャーを変えよう」という、社長きっての意気込みのもとはじまった新オフィスのワーク・イノベーション構想。移転からまだ2ヶ月ですが、思っていた以上に社員は新オフィスに馴染み、イキイキと働いているようです。
木と働くということは、感性を開くということ。それは、すぐには実感できないかもしれない。しかし、そこにある1本の木に触れ、ここまで来たプロセスを想像すればするほど社会とつながり、自分は何がしたいのか、何をすべきか、その先の選択肢が増えていくはずです。そして木が、未来のための価値あるアクションの一歩を後押ししてくれることを期待し、私たちはこれからもっと、木と働くのでしょう。
>>次回、「KIDZUKI LIBRARY」の制作ドキュメントに続きます。
PEOPLE
鈴野 浩一
Koichi Suzuno
トラフ建築設計事務所主宰、KIDZUKI クリエイティブチーム・コンセプトディレクター 。1973年神奈川県生まれ。1996年東京理科大学工学部建築学科卒業。98年横浜国立大学大学院工学部建築学専攻修士課程修了。シーラカンス K&H、Kerstin Thompson Architects(メルボルン)勤務を経て、2004年トラフ建築設計事務所を共同設立。