最後に木に登ったのはいつだろう。時々近所や庭先で見かけるリスたちがあんなに軽々しく木に登っている姿を見ると、羨ましさを感じてしまいます。木登りって結構難しい。きっと人間にとって、木は登るためのものではないのでしょう。だからこそ、木の上から覗く景色への欲望が必要以上に湧いてきてしまうのかもしれません。
舞台は、憧れのツリーハウス
今回のテーマは「木に登ってみる」。大人になって木に登ろうとしても、自分の体の重さに耐えきれずすぐに離脱。太めの枝にぶら下がるのが精一杯。上手く登っていけたとしても高さへの恐怖心に負け、すぐに地面に戻ってきてしまいます。(とはいえ、降りることも恐怖なのです) 木登りってこんなに難しかったっけ。でもツリーハウスがあれば、人間だって木の上で沢山の時間を安全に過ごすことができます。なんて素晴らしいロマンチックに溢れた発明!そんな木の上での様子が描かれた『ツリーハウス』という絵本をご紹介します。
作者はオランダ出身のトルマン親子です。父のロナルドがエッチング版画で木を描き、娘のマライヤが動物などのイラストを加えひとつの絵をつくっていくという合わせ技。物語は、空に浮かぶ雲から降りてきた一頭のシロクマが大きな木に辿り着いたところから始まります。その木には一軒のツリーハウスが。そこで新たな仲間と出会い、読書をし、冬を迎え、何気ないけれど愛おしい毎日を過ごしていくのです。この物語には言葉がなく、語りかけてくる絵の数々を隅々まで堪能したい一冊になっています。
木に流れている時間
秘密基地のように冒険心がくすぐられるツリーハウス。ただ木の上にいるというだけで、あたふたしている地上とは全く異なる時間が流れていそうです。もしかしたら、木が身に纏っている時間の流れが違うのかも。木は人間よりも長く生きます。何百年、何千年と生きている木があるように、彼らは長く生きた分だけ人生の楽しみ方を熟知しているのではないでしょうか。
木が見ているもの
映画『ジュラシック・パーク』にこんなワンシーンがあります。凶暴な恐竜たちから逃れるために登場人物たちが木に登ります。そこから見えたのは、首の長い竜脚類の恐竜が木々の間から顔を出している幻想的な景色。木に登ることで、ちょうど彼らの頭の高さあたりまでくることができたのです。木は普段から何を見ているのでしょうか。もちろん現代の私たちが木に登ったところで、恐竜の姿が見えることはありませんが、木の高さで眺めることで、ちょっとだけ木の気持ちに近づくことができそうです。
そういえば、映画『スタンド・バイ・ミー』で少年たちが”仲間だけが集まる基地”として使っていたのもツリーハウスでした。木の上というのは、人間にとって手が届きにくい場所だからこそ自分だけが知る空間にもなりうるし、ほんの数メートルであっても地面から離れることで束の間の別世界を楽しむことができます。そしてこの絵本の締めくくりのページのように、いつか木の上に腰掛けて満月を眺めることができたら、もう地上に降りてくることなんてできない気がしています。
PEOPLE
山中タイキ
Taiki Yamanaka
1988年東京生まれ。専門学校卒業後にニューヨーク州立大学に留学。その後ロンドンの美術学校でイラストレーションを学ぶ。現在はラジオパーソナリティーやナレーターのほか、イラストレーションや絵本の制作を行っている。また、絵本専門店兼ブックレーベル「yackyackbooks」を立ち上げ、世界中の絵本やアート本を紹介している。