5軸CNCを武器に、木工の世界に新しい波を起こす特注家具メーカー、〈Artistry(アーティストリー)〉。彼らの木工技術を最大限に活用したさまざまなプロジェクトに注目が集まっており、その背景には技術だけでなく新しい発想や視点の転換がありました。立役者の大西功起さんが、挑戦の先に見るビジョンとは。
閉ざされたものづくりの現場
愛知県春日井市に拠点を置くアーティストリーは、創業から30年にわたり、店舗の什器や文化施設やホテルの内装など、ありとあらゆるタイプの家具やインテリア設計に携わってきた木工メーカーです。取り扱うものの大半が一点モノの特注家具であるため、5つのチームが個別に案件を管理しながら、同時進行で次々に製造をこなしていく日々。プロジェクトの総数はなんと年間400件以上に及ぶそうです。
「プロジェクト数は多いのですが、それらがメディアで紹介されるときに、名前が挙がるのは建築家やデザイナーだけで、僕たちの名前が出ることは皆無。ほとんどの仕事が、自分たちが作ったと公言できません。地道な営業活動で、なんとか新規の相談はもらえるものの、いつまで経っても変わらない内装業界での立ち位置。僕たちの職業の未来はどうなってしまうんだろう。入社して以来、ずっと気になっていました」
そう話すのは、アーティストリーの営業開発部部長の大西功起さん。友人の紹介で2015年に飛騨高山の家具メーカーから転職。アーティストリーの生産管理の正確さと技術力の高さ、そして社長の経営判断能力を高く評価する一方で、いつまでたっても変わることのない“下請け”の社会的地位を疑問視していました。
業界ではクライアントと工場の間に設計者や施工会社が入り、分業発注することが通例であり、製作の現場で働く人間が、外の人と交流する機会はなかなか持てません。卓越した技術で幅広い木製家具を作る一方で、それらがいつ、どこで、何のために、誰が使うのかという情報すら入ってこないこともあります。
さらに、3D CADや5軸CNCなど、コンピューテーショナルデザインやデジタルファブリケーションも得意とするアーティストリーですが、日本における木工職人への敬意はどうしても手仕事に偏りがち。そのため現代的なものづくりの姿勢が正当に評価されないことも、注目が集まらない理由でした。
「大型機械やデジタルソフトを応用した加工を積極的に取り入れているドイツやイタリアは、木を用いたデザインもどんどん進化しています。こうした観点から見ると、日本のものづくりはそれほど大きく成長しているとは言えない。現場にいる人間として、この事実はとても残念なことなんです」
デジタルとアナログのハイブリッドを手がけるアーティストリーの力を、もっと多くの人に知ってもらいたい。新型コロナウイルス蔓延の影響から発注数が減少し、廉価なプロジェクトが続くようになり、ついに大西さんは一念発起したのです。
手を伸ばし、外とつながる
きっかけとなったのは、大西さんが参加したオンラインサロン「社外取締役」でした。建築家の谷尻誠さん、ビームスのディレクターを務める土井地博さん、マーケティングプロデューサーの林哲平さんが中心となり、既存の枠組みにはまらない事業のあり方を模索するこの実践型サロンには、異なる業界のプロから別の地域に暮らす人、希望に満ちた若い学生たちなどが集結。日常の業務ではまず出会うことがないであろう人々と、次々に知り合うことができたのです。
3日ごとにオンライン上で意見交換をするなかで、ちょうどアーティストリーの屋外休憩所の建て替えを考えていた時期だったこともあり、大西さんは学生たちを対象に「アーティストリーの技術を使って、新しい提案をしてみないか」と投げかけました。結果、全国7都市の学生が名乗りをあげ、パラメットリックデザインによる三次局面が連続する複雑な造形を共同で提案。これをアーティストリーの職人が「3D CAD」「5軸CNC」をフルに活用して、プロダクトの形を進化させていくことが決まりました。
「豊かなデザインを追い求めるとやりたいことがどんどん膨らんでいき、当初の予算をかなりオーバー。そのために、クラウドファンディングで広く支援を募りました。さらに使用したスギ材は愛知、三重、屋久島と異なるエリアの材で、フシやワレのあるCランク材から適正なものを選び、組み合わせています」
7ヶ月を経て、2021年3月に「わの休憩所」は完成。わずか11㎡の小さな建物ですが、知恵、人材、資金、資材を含め、たくさんの人が関わった貴重な作品です。大西さんは完成した事実にも増して、いつもより少しだけ積極的に手を伸ばせば、その先に新しいフィールドがどんどん広がっていくことを実感したのです。
目指すは「循環する社会」
「わの休憩場」は、2021年度のウッドデザイン賞を受賞。メディアにも多数取り上げられたことから、完成から2年ほど経ついまでも、建築やデザインを専攻する学生や関連メーカー、行政関係者まで、見学者は後を絶ちません。これとともに、アーティストリーの知名度は上がり、新規案件が増加。北海道の老舗「北こぶし知床 ホテル&リゾート」のサウナルームの改装など、次々に新しい依頼が飛び込むようになりました。今ではサウナ愛好家としても知られる大西さんですが、好きになるきっかけは本案件だったのだそう。
世界自然遺産、北海道知床半島にある老舗ホテルの2つのサウナ室の意匠設計から3Dモデリング、図面、製作までを行った。全面国産ヒノキを採用し木の香りと温もりを感じられる空間に。四季折々の大自然が望めるながら入ることができる。
「同業他社からCNCの訓練を手伝ってほしいという相談もいただきますし、フィンランド大使館のご紹介で海外のサウナビルダーとの交流もしました。これらが売り上げに直結しているとは言えないかもしれませんが、僕たちの存在を知ってもらい、一緒に何かできているという事実がとにかく嬉しいんです」
メガネ展示什器の上部の製作、内部構造の設計を担当。岐阜県産広葉樹を採用。アーティストリーがもつ機動力、そして 渉外部・職人・5 軸オペレーターのすべてが連携し完成に至った。
古都・鎌倉の伝統工芸の鎌倉彫からインスピレーションを得たファサード(外装)のデザイン、三次元加工を担当。国産ヒノキを採用。鎌倉彫をしっかりと表現するために、最適な製造方法やCNC加工プログラムを検討し、エッジラインの精度を追求した。
当初は木工技術を習得して、いずれは家具職人として独立することを考えていたという大西さん。しかし今では、職人技術と最新の技術を組み合わせ、社員メンバーが一丸となって日本でまだ見ぬ表現に挑戦することにやりがいを感じているのだそう。その挑戦の中で、確実に顔が見える関係が構築できていることを実感し、アーティストリーの社会的役割が広がっています。
「自分たちの殻に閉じこもらず、出会いを重ねていく。業界間を連携するつなぎ手さえいれば、必然的に循環が生まれるもの。そのためにも、ずっと動き続けなければいけないと感じています。2030年までにアーティストリーが地域を代表するブランドになって、海外からも注目されるようになりたいですね。ゆくゆくは、僕らの仕事が若い世代に憧れるようにしていきたいと思っています」
最先端のデジタル3D技術が木の有機的な美しさを際立たせ、次々に表現の可能性を広げる。「新しい出会いが起こるたびに、木の魅力、木工の奥深さもさらに知ることができる」と大西さんも語ります。アーティストリーが、メーカーとしてどのように成長していくかは未知数ですが、ものづくりの現場に多様な人が関わり、ワクワクとした感覚に包まれた未来が見えていきていることだけは確実でしょう。
大西 功起 Atsuki Onishi
1985年三重県生まれ。名古屋芸術大学卒業。家具メーカー、柏木工を経て、2015 年アーティストリー入社。翌年5軸CNNの導入とともに、オペレーターとして多様なプロジェクトに参画し、2019年より営業職に。3D木工の可能性を追求する一方で、サウナ愛好家として木工の知識をサウナ施設や関連什器の設計開発にも活かしている。
Artistry アーティストリー
1994年に創業した愛知県のオーダー家具メーカー。商業施設を対象とした什器や木製品の製造を軸とする。5軸CNCによる複雑な造形の3D設計&デザイン、部品加工、製品開発を得意とする。
http://www.artistry.co.jp/
PEOPLE
大西 功起
Atsuki Onishi
1985年三重県生まれ。名古屋芸術大学卒業。家具メーカー、柏木工を経て、2015 年アーティストリー入社。翌年5軸CNNの導入とともに、オペレーターとして多様なプロジェクトに参画し、2019年より営業職に。3D木工の可能性を追求する一方で、サウナ愛好家として木工の知識をサウナ施設や関連什器の設計開発にも活かしている。