木を見て誰かやなにかを思い出す。ふとした時にそんなことがあるかもしれません。芽が出て、葉が茂り、花が咲き、枯れて、そしてまた芽吹きだす。巡る季節とともに幾多の思い出のすぐそばには、木の存在があるような気がします。
ちいさな木が巡る季節
本を開くということは、どこか別の世界に誘われることでもあると思います。だからこそ、その世界への入り口として絵の在り方や本の質感が絵本にとってとても大事な要素なのです。今回は「デザインを楽しむ」というテーマで、駒形克己さんによる『Little tree』という絵本をご紹介します。

この世界に飛び出してきたちいさな木の芽。ページを捲ることで、木が大きくなったり葉が茂ったり色が移ろったりと、立体的に立ち上がる木を眺めながら時の流れや命の巡りを感じることができる一冊です。そして金の箔押しが施された表紙に厚めの紙。「こんな絵本があるのか!」と思ってしまうような佇まいがあります。飛び出す絵本というと賑やかでポップな印象がありますが、とても静謐で優美な空気がこの本には流れています。
紙の魅力を生かした本づくり
作者の駒形克己さんは、世界に名の知れた造本作家でありデザイナー。これまでに多数の絵本を出版してきましたが、他に類を見ない存在感を放っています。毎年すぐれた書籍に贈られる「ボローニャ・ラガッツィ賞」を2010年に受賞した本書は、韓国の製紙会社から「紙の魅力を生かした本を作って欲しい」という依頼があり制作に至ったのだそうです。
各ページに異なる色と質感の紙を用いて、職人さんによって手作業で張り合わされた本の姿からは、紙がもつそのものの美しさを存分に感じます。一本一本の木は、裏側まで丁寧にデザインされ、こちらも手作業で取付けが行われました。まるで人の手によって木が植えられたかのようですよね。

余白をデザインする
駒形さんの造本のなかで特徴的なのが余白。この本にはほとんど絵が描かれていないと言ってもいいかもしれません。紙には表情があり、たとえ絵や文字が書かれていなくても、紙が語る。デザインにとっての余白、読者にとっての余白でもあります。そして、木が立体的だからこそ生まれる影。本を開く場所によって紙面の表情が変わることも、この本の魅力です。
木のような人
季節を、そして木自身の命も巡ることをまるで誰かの人生のように物語る『Little tree』。というのも、本の試作を重ねる中で駒形さんにとって大事な存在だった叔父さんが亡くなってしまったことが大きなきっかけだったそうです。
個人的な話になりますが、駒形さんがいたからこそ、駒形さんがつくる本があったからこそ、僕自身も絵本をつくりたいと思うようになりました。世界的な作家である駒形さんは優しさと好奇心に溢れ、鋭くも温かな眼差しでこの世界を面白がることを楽しんでいるような方でした。

そんな駒形さんは昨春に自らの本のページを捲り、次なる世界へと飛び立っていかれました。よく「星になった」と言いますが、駒形さんはもしかしたら星ではなく木になったのかもしれません。少し高いところから変わらずに僕らを見て微笑んでくれているのだと、この本を見るとそう思わずにはいられません。
Little tree / 駒形克己 日仏英 併記
出版社:ONE STROKE
価格:7,700円(税込)
PEOPLE
山中タイキ
Taiki Yamanaka
1988年東京生まれ。専門学校卒業後にニューヨーク州立大学に留学。その後ロンドンの美術学校でイラストレーションを学ぶ。現在はラジオパーソナリティーやナレーターのほか、イラストレーションや絵本の制作を行っている。また、絵本専門店兼ブックレーベル「yackyackbooks」を立ち上げ、世界中の絵本やアート本を紹介している。