大阪・河南町に拠点を構える北田浩次郎さんは宮大工の経験をもつ木工作家です。木造の伝統工法を応用して生まれる手刻みの家具は絶妙なバランス感で、木の塊に独自の魅力を与えます。製材所の一角に工房を構え、原木と向き合って生まれる作品はどのようにして作られるのでしょう。
手を用いる仕事への憧れから宮大工に
直線と曲線を巧みに重ね合わせ、幾何学状に削り出された木の塊。これは木工作家の北田浩次郎さんの作品です。座ればスツールに、カップや本を置けばサイドテーブルに、彫刻として鑑賞を楽しむこともできる存在は、まさに使い手の想像力に委ねられるものといえるでしょう。置き方も自由で、さまざまな角度から木の表情を楽しむことができます。
子どもの頃からものづくりに魅力を感じていたという北田さんは、「大工という仕事は子どもながらに手仕事が大切なのだと理解できる憧れの職業でした」と振り返ります。幼心に抱いた思いから大工見習いとしてキャリアを始めますが、その現場でノミやカンナで木を削りだす作業はなく、プレカット加工された部材を組み立てるという現代的な工程が待っていました。思い描いたものとは違うと感じた北田さんは、社寺への興味というよりも手を用いる仕事への憧れから宮大工のもとへ弟子入りします。
厳しい修業時代を経て、技術を学んだ北田さん。その後は造作家具も製作する工務店で経験を積むなかで家具の面白さに目を向けるようになります。やがて家具への思いを強めた北田さんは独立後も大工として働きつつ、家具制作を続けます。やがて家具の依頼が増え、現在は木工作家として活動するようになりました。
現在、北田さんが工房を構えるのは他の木工作家と共同で借りる製材所跡。往時のままに製材機が残っており、その場で製材もできる環境です。垂直状に切断された面と半円形で削り出された曲面で描く2つの半円柱が互い違いに重なる姿など、北田さんの作品は多くが2つのパーツを繋げたものだと誤解されるそうですが、一つの木材を削り出して制作されるもの。製材を経たブロック状の木材を宮大工時代に習得した技術で自ら削り出すことで生まれる形です。
「旋盤を用いて作れるようでいて作ることはできません。年輪が垂直に伸びる性質を活かし、丸鋸やルーターなどで制作しています。作品において重要なのは平面と曲面のバランス。上部と下部で削り方を変えることで木目の出し方を変えるほか、宮大工の木組み、継手、組手の技術を用いることも。木造の伝統工法と家具制作の手法が重なる部分は意外と限られていて、伝統工法の削り出し方が彫刻的な表現につながっているのかもしれません」
一本の木のなかにもさまざまな表情がある
その制作はまず完成時よりも全体に1センチほど大きな状態に削り出し、半年ほど乾燥させます。その段階で木が収縮し、割れなどを起こすそう。ある程度落ち着いた段階でふたたび削り出して仕上げます。材によって重量は異なりますが、スギ材で一脚およそ20キロ。「少し荒く使って、角も気にせずに丸くなっていくのもいいのではないでしょうか」ともいいます。
「家具は材料が小さいので、機械に対して材を動かしていくことが一般的。けれど大工仕事は材料が大きいので、材に対して機械を動かしていくことがほとんどです。僕は後者で制作していて、この違いが表現につながっているんでしょうね」
北田さんは、大工や木工作家の立場で原木を見る機会は限られるといいます。しかし製材所に工房を構えたことで原木が身近となり、その素材感や迫力をいかに残すかと考えるようになりました。多く使うスギ材は奈良県の吉野山から仕入れますが、大阪と奈良の県境にある河南から吉野はけして遠くありません。できるだけ身近な材料を使いたいとの思いに加え、材そのものを見に行ける距離であることも利点です。
「社寺に関わるとスギやヒノキを扱うことがほとんどですから、家具を作り始めた当初は濃色の洋材に魅力を感じました。ただ制作を続けるうちに違和感があり、身近な材と向き合いたいという欲求が生まれたのです。市場では切り出した原木を選ぶこともあれば、ニュアンスを伝えて材を選んでもらうことも。入手した材を見ながら形を考えることも少なくありません。市場で思っていた材と違う材に出会うこともありますし、そもそも同じ一本の木のなかにもさまざまな表情があるのです。それを活かしていきたいのです」
現在の作品に至るまで、変遷があったと北田さんは振り返ります。いまもモダニズムの家具が好きだといい、活動初期は実用的で機能美をもつ家具を制作していました。しかしそこから作風を転身。
「デザインから試作までは楽しく作れるのですが、同じ形を繰り返し作り続けることに面白みが感じられませんでした。大工から木工作家に転身しようと考えたのも自分自身で長く作り続けられるものづくりをしたいとの思いがあったから。そこに立ち返ろうと考えたのです」
そして、これまでの大工仕事でいいものを見てきたはずだから自身のルーツに立ち返ってはどうかという知人の助言もあり、「使うことを一旦置いて、純粋に自分の好きな形を作ろう」と考えるようになったといいます。
日常の延長線上に作品を取り入れてほしい
北田さんは自身の生活でモダンなプロダクトを多く使うからこそ、木の自然な表情を残した自身の作品とのコントラストを実感しています。
「結果としてそれぞれの違いが浮かび上がり、両者の個性が際立つように思います。助言をもらった知人から、どこに手間をかけるかという問いかけもありました。それまでは惜しみなく手間暇をかけることに価値を見出していたのですが、それでは経済性とのバランスが難しくなります。手間を惜しまないことには変わりませんが、すべてを作り込むのではなく自分の好きな形を追求することにしたのです」
こうしたさまざまな人々との対話のなかで、自らの家具を模索する視野も広がったのだといいます。職人時代はその道を追求することに目が向きがちだったものが、家具とともに空間性を考えるようになったそう。そうした背景から、昨年は制作に追われつつ自宅作りにも力をいれました。つい先日、ギャラリースペースを備えた住まいを完成させたばかり。昔ながらの住宅街の一角にあり、かつて地域住民のための商店を兼ねた住宅を自らリノベーションしました。
ギャラリースペースを設けたのも生活空間に置くイメージを膨らませてほしいとの思いがあってのこと。お披露目を兼ねたオープンハウスでは作品をいくつも並べましたが、普段は生活空間のなかに作品を置くことで日常の延長線上に作品を取り入れてほしいと考えています。回遊性の高い空間は商店として使われていた建物の土間という機能を継承しながら、現代的な暮らしを体現するものです。
「職人としての経験が長くあることもあって、道具でもあり、オブジェでもありますが、やはり使ってもらえるとうれしいですね。一つ置くだけで空間の空気感が変わるようなアイテムに育っていくとうれしいです」
伝統的な木工・木造の技術を現代的に解釈し、プリミティブな素材感とコンテンポラリーな存在感を併存するオブジェのような木製家具。それは北田さんが日々の生活に目を向けながら、その風景と調和する存在を思い描くことで生まれたものと言えそうです。
北田 浩次郎 /きただ こうじろう
兵庫県神戸市生まれ。工務店で住宅の内装や家具工事、社寺仏閣の新築改修工事に携わる。独立後は大工、木工作家として活動する。
PEOPLE