東に南アルプス、西に中央アルプスという周囲を美しい山々に囲まれた長野県伊那市。〈やまとわ〉は、この地を拠点に、森の資源を使った楽しい暮らしを提案しています。同社の創業メンバーであり森林ディレクターとして活動する奥田悠史さんを訪ね、〈やまとわ〉の活動に触れるとともに、彼が構想する、森とつくる豊かな暮らしについてお話をうかがいました。
森への想いと人の暮らしをつなげる〈やまとわ〉の活動
「昔から、環境や自然を、興味の対象というよりも人間の生きるベースとして感じていました。しかし、いざ森に携わろうとした時にその仕事の少なさ、つまりは就職したい場所がないということを知ったんです。大学時代、先生からもたくさん聞いてきた森にまつわる課題は、自分だけではどうにかできることではないことばかりでした。それでまずは、自分一人で長野の中山間地域を巡りながら、農家の方への取材を始めたんです」
〈やまとわ〉設立に至る当時のエピソードを振り返る奥田悠史さん。信州大学農学部森林科学科で学び、将来的に森に携わる仕事をイメージするも厳しい現実を目の当たりにし、ライターとしておこなった自然と関わる農家の方々への取材は、年間100件以上にものぼったといいます。
「取材の対象はスター農家などではなく、普通のおじいちゃん、おばあちゃんたち。取材を重ねていくと”うちの村はもう難しいよね”とか、本当に聞くのが辛くなるような話が多くて、その地域に生きること、自然と生きる人たちがなんでこんなに絶望的なのかという問題を意識するようになったんです。農業や林業がフィーチャーされない社会に対して、そのイメージや状況を変えていきたい。そして、森に関わる仕事をもっと面白くして、森への想いと人の暮らしが繋がるような何かが必要じゃないかということで、2016年、家具職人の中村博さんと一緒に、地域材を使ったものづくりを通して、地域の森の現実を伝え、森に人の手が入るような未来を作ってこうというところから、やまとわの活動が始まりました」
現在やまとわの活動は大きく4つの事業で構成されています。循環する農林業を目指す「農と森事業部」。地域材を使ってものづくりをおこなう「木工事業部」。その地域らしい持続可能な暮らしを模索する「暮らし事業部」。森と暮らしをつなぎ直す「森事業部」。その中で奥田さんはすべての事業部に満遍なく携わり、主に企画提案やコンセプトづくりの部分を担っています。その森林ディレクターとしての役割こそが、森に関わる事業に今もっとも必要な部分ではないかということに気づかされます。
「たとえば〈YAMAZUTO〉という農業と林業を繋ぐ加工品のブランドがありまして、”山からのみやげもの”という意味の”山苞(やまづと)”という言葉に由来しています。野菜は何でも作れるので、どう商品をまとめるかというところから始まったのですが、だんだんできる方にだけ流れていくようになってしまった。それだとうまくいかないなと感じ、”ゆっくりするような、山の時間をお届けする”というコンセプトを作り、商品開発に迷った時は”どっちがゆっくりできるかな”という考え方をスタッフ全体で持てるようになりました」
日本の森のビジョンについて、もっと議論をしよう
ものづくりや開発に行き詰まった時、根幹に立ち戻ることができるプロジェクトごとのコンセプトは、大切な指針となります。そんなふうに、森林ディレクターとして〈やまとわ〉のさまざまな活動を多面的に考え、柔軟な発想で推進する奥田さん。同社の設立から8年が過ぎ、森を取り巻く業界の変化も少しずつ感じてきています。
「三菱地所ホームさんがこのKIDZUKIを始めたり、日建設計さんが『Nikken Wood Lab』をつくるなど、木材や地域材に対する解像度を上げようという、林業周辺の活動が増えてきていることはすごく感じます。僕らのように、林業やものづくりをする会社も起こりはじめていて、たとえば住宅を手掛ける材木屋さんが、地域材を使ったトイレットペーパーホルダーを作って自社製品のラインに入れるといった事例などもあります。しかし、そういった活動が生まれている一方で、本流の林業そのものは変わりづらいのが現状。どれだけ木を切ってどう使うかということと、木をそこそこ切って生きていくにはどうしたらいいかということは、そもそも問が違うんですよね。”木を使おう”ということに否定はしませんが、日本の森がどうなったらいいのかを誰が決めるのか? めちゃくちゃ難しい問題ですが、それが今ないから、必要だと思うんです」
森に関わりたいという人は一定数いるものの、所有者問題や森林経営計画の立案などさまざまなハードルがある。しかし、2019年に〈やまとわ〉のある伊那市が策定した「伊那市50年の森林(もり)ビジョン」があるように、国全体でビジョンを示すことで視点が変わり、林業や森のあり方が変わるのではないかと考えています。
「日本は国土の68%が森林で、そのうち人工林が40%。では60%の天然林をどうしていきたいのかとか、里山林はどうしていきたいかということを、”日本の森のビジョン”としてもっと議論されてもいいんじゃないでしょうか。地域ごとに委ねてみんな目指す方向がバラバラでも、それは多様性としていいのですが、全体の大きな枠の中での方向性があって欲しい。やまとわでは今、『SATOYAMA CONCEPT MAPs』というものを作っていて、僕らが管理する55ヘクタールの森林を”こういう未来にしていきたい”という形を描いています。こういったものと日本の森のビジョンがうまく絡み合っていくといいなと思うんです。近年では、皆伐再造林に対する補助制度など、伐採を進める森とその木材を使う仕組みはできてはきましたが、正直まだ日本の森林の10%くらいの範囲の話だと感じています。だから残りの90%の森をどうしていくかについて、ただ皆伐するだけでなく、今の技術を使いながらいい林業のあり方ってなんだろう、ということについてもっと愉快な議論があってもいいかなと」
〈やまとわ〉の「SATOYAMA CONCEPT MAPs」をケーススタディとした森のビジョンづくりはいま、企業や長野の町村などからも求められています。対象の森林を調査し、その調査をもとに10〜15年後に向けた構想を提案。イラスト化して皆がわかるように共有したり、必要であれば情報発信のためのホームページを作ることもおこなっています。奥田さんの手によって、森に本気で関わりたい人たちと新たなビジネスのデザインが始まっています。
森で働くことを、面白がり続けたい
「森で働くことを、もう少し幸福なものにしていくために、森との暮らしとか森と経済とか、環境とビジネスが繋がり直した世界を考えて、今自分たちはどこにいて、どこからやり直したらいいんだろうということを話せる空気感も必要ですよね。全てを民間でやるべきなのか、それとも公共でやることなのかというあり方そのものも、考え直したほうがいいと思うんです。たとえば、”環境省のレンジャー”みたいな形で、公務員としてこの山域の林道整備をおこなう職業があったら人気がでるんじゃないかな。地域おこし協力隊だと任期があるから、県職員のほうがいいか。山村振興課の人が担当エリアが変わることはむしろよいことだし、勉強にもなる……よし、長野県知事に提案だ!(笑)」
数時間の取材の中だけでも、疑問に思うことやあたらしいアイデアが次々と湧き出てくる奥田さん。まさに森を面白がる人です。彼らが少しずつ森の価値を見立て直し、再編集する活動を続けている中で、地域資源を使ったものづくりは、今では多くの地域で見られるようになりました。しかし、その現状にも危機感を抱いているといいます。
「地域資源を使うことはもちろん重要なのですが、そこにとらわれすぎてしまうと、面白くないことがひたすら再生産されてしまうかもしれない。成功事例だったとしても、先程言った”森のトイレットペーパーホルダー”がたくさんありすぎたら、”それってそんなに必要?”みたいなことになるし、小さな市場の中で潰し合うことになってしまう。関わる人がみんな本当にやりたくて、ちゃんと需要もあって、続けることが大切なんです。だから、当たり前を破壊する思考というか、森との関係性を一度ぶっ壊すくらいの感じでやるべきかなと思っています」
「”木を使おう”だけではなく、もっと”木造のある集落風景や都市風景のベストはなんだろう”みたいなことを、たとえかなわなくてもやっぱり議論したい。面白がっている人たちがいればいるほど、その業界の未来は偉大だと思っています。だから僕らは山で暮らし、森で働くということを、面白がり続けたい。面白がれなくなったら、その時は……辞めます(笑)」
まだまだ議論したいことはたくさんあるようです。森のことを本気で考え本気で面白がる彼らの活動、そして奥田さんが描く、さまざまな森のビジョンの実現が楽しみでなりません。
奥田 悠史(おくだ ゆうじ)
やまとわ 取締役/森林ディレクター
1988年三重県生まれ。信州大学農学部森林科学科で年輪を研究。大学卒業後、編集者・ライター、デザイナー、カメラマンを経てやまとわ立ち上げに参画。やまとわでは、ディレクションやクリエイティブを担当。
PEOPLE
奥田 悠史
Yuji Okuda
1988年三重県生まれ。信州大学農学部森林科学科で年輪を研究。大学卒業後、編集者・ライター、デザイナー、カメラマンを経てやまとわ立ち上げに参画。やまとわでは、ディレクションやクリエイティブを担当。