広島県・湯来町。「広島の奥座敷」とも呼ばれる1000年以上の歴史を持つ湯来温泉をはじめ、豊かな自然環境に囲まれたこの地を拠点に、「木」と向き合う人たちがいます。1928年創業の家具メーカー〈マルニ木工〉。約1世紀をかけて木を知り、培ってきた技術や知見から生まれた家具は、時代ごとのさまざまな局面に立ち合いながら世界の定番となるべく歩み続けています。そして創業100年を目前にした今、またその次の100年を見据えた木にまつわる活動が、この場所からはじまっているようです。
木の伝統工芸に魅了され目指した「工芸の工業化」
〈マルニ木工〉の歴史は、その前身である〈昭和曲木工場〉の創業からはじまります。その背景には、創業者の山中武夫氏が魅了されたという、故郷である広島県・宮島の「木を使った伝統工芸」の存在があります。宮島には豊かな森林とともに世界遺産である厳島神社をはじめ古い神社仏閣が点在し、宮大工や指物師らによる社寺建築の高い技術が集結していたことから木工細工が発展。山中氏はその巧みな技術と表現力に感銘を受けて木材の曲げ技術を確立して「木の家具」という分野で事業を開始し、高度な加工技術や生産の改革を経てそれまで手工業であった家具の、分業による工業生産化を図りました。その実現によって、これまで高級品であった装飾的な美しい家具はより多くの人のものへと届くようになり、〈マルニ木工〉は日本を代表する家具メーカーとして成長を遂げました。それが「工芸の工業化」をモットーとする同社の原点。そうして広島を代表する産業によって木工の産業が継承され、木や木工に関する技術、知見を広げていったのです。
歴史があるということは、それだけ時代や社会の動向、そして日本人の住宅様式などさまざまな変化に大きく影響されてきたということでもあります。〈マルニ木工〉の家具といえば、木工の技術を駆使し、エレガントで上質な洋家具「トラディショナルシリーズ」が長きに渡り主流で、数々のヒット作も生まれました。しかし1990年代のバブル崩壊以降、経済の不況とともに家具の需要のあり方に変化が生まれ、事業も大きくダメージを受けます。そこから起死回生すべく、「マルニ木工が作るべきものは何か」と今一度「木」と向き合い、2008年に新たに発表したシリーズが「MARUNI COLLECTION」です。
「MARUNI COLLECTION」から再考する、木そのものの良さと価値
「HIROSHIMA」のアームチェアからも見て取れる左右対称でまっすぐな木目。〈マルニ木工〉のデザインは、それを表現するための確かな木材を選定するところからはじまっています。「柾目(まさめ)」と呼ばれるこの直線的な表情の材は、その見た目の美しさはもちろん反りや縮みが少ないということも特徴。丸太一本を端から端まで切り出せる「板目」と呼ばれる曲線混じりの木目の材と比べると、「柾目」は丸太の中心を通るように切り出すため、一本の丸太から取れる量が少なく希少な材で、当然コストも高くなります。均一化を図ることが難しい木という天然素材を相手に、多大な試行錯誤を重ねながらこの木目の量産を叶えることが表現できたのは、〈マルニ木工〉のノウハウとチャレンジ精神があってこそ。デザインと木加工、双方の美意識が見事に重なり合いました。
「素晴らしいデザインに合わせて、それに見合う樹種と製材所を選ぶ。マルニのグレーディング(木材の質や強度を調査すること)へのこだわりは非常に高いと思います。しかしグレードが上位の木材の中でも、ふしや反りがあると結局家具を作っても使えないところが多く削ることになり、無駄が出てしまう。ですから、一本からより多くの椅子を作れる材を選定しています」と語る、生産管理部の松岡純平さん。作る家具で表現すべき上質な柾目を加工前に想定し、効率よく材を使い切るということ。シンプルかつダイレクトに「木そのものの良さ」が伝わるデザインを、木を知り尽くした〈マルニ木工〉ならではの強みが支えています。
しかし、どんなに目利きのベテランによる厳しい選別を経ても、加工の途中でふしや色ムラなどが発見されることがあり、それらは品質基準上、製造ラインから外されてしまいます。その量は生産数に対して10%弱。5,000脚の椅子を作ると、毎回400-500脚分がはじかれてしまうということになります。その現実を真摯に受け止め、木と向き合い、その本来の価値を改めて提案する活動も続けています。確かな品質でありながら、厳しい選別基準ゆえに行き場を失ってしまった木の部材に新たな生命をふきこんだ「ふしとカケラ」のプロジェクトもそのひとつ。
「今までは我々の常識の中で、ふしのあるものや変色したものは欠点でありネガティブに捉えられていました。だから、製造過程のなかではじかれてしまうのも当たり前。でもそれはただ見た目だけの問題。ひとりひとり数や大きさが違う人間のホクロのようなものなんです。天然素材だからこそのふしを、木が生きてきた証であり個性ということをポジティブに打ち出すのはおもしろいのではないだろうか、と伊勢丹さんからも意見をいただき、『ふしとカケラ』のプロジェクトがはじまりました」と代表取締役社長の山中洋さん。来年でスタートから10年となるこのプロジェクトは、不定期開催でありながら毎回即完売となる大人気の企画に。そして10年という節目を迎え〈マルニ木工〉は、自分たちのものづくりを自然環境、素材、作り手、使い手、さまざまな視点で捉えています。
「そもそも一本の木から、家具づくりのための良質な材料はどのくらい取れるのかと改めて考えると、実はたったの10%なんです。丸太にする段階ですでに成木の60%、製材時にさらにその20%がカットされます。残りの20%のうち、10%が制作工程で端材や落材に、そして10%が家具(製品)となります。そんな成木から取れるわずか10%の部材で家具を作っている中でなるべく無駄がないように選定し、端材を燃料にするなどの有効活用もしているわけですが、最後のクリア塗装の段階で初めて色ムラが発生し、製品からはじかれてしまうというケースは、本当に悲しいことなんです。最後にはじかれてしまう10%は本当に使えないのか? 家具作りを行う以上、この課題とはずっと向き合わなくてはなりません」
森づくりの構想に共感し、100年後の椅子づくりへ
5年後に100周年を迎える〈マルニ木工〉。「トラディショナルシリーズ」で日本の家具業界にトレンドをもたらし、「MARUNI COLLECTION」で世界の定番として100年後も愛される家具を目指し、そして木の価値を伝えるものづくりと向き合う彼らは、また次の100年に向け、ここ広島の地ではじまった森づくりの活動にも参加しています。
同社と同じく広島県・湯来町で酪農業を営む〈サゴタニ牧農〉が構想する、広葉樹を中心とした樹木による森づくりのプロジェクトが、2021年にクラウドファンディングを通じて立ち上がりました。牛舎ではなく放牧地で育てた牛から乳を搾り、人と自然と動物が共生する未来を目指す彼らが掲げる「植樹した木が成長した100年後、その木を使って椅子を作りたい」という想いに〈マルニ木工〉が賛同。2022年6月に第一回の植樹が行われ賛同者を増やしながら、椅子と牛、という一見異種のふたつが「木」を通じて交わりはじめています。この100年後の椅子づくりを描くきっかけとなった、〈サゴタニ牧農〉の森づくり。そのはじまりと〈マルニ木工〉とを紡ぐこれからのストーリーは、後半の記事へと続きます。