100年後も愛される家具を作ることを目指す〈マルニ木工〉が、同じ広島県・湯来町を拠点に酪農業を営む〈サゴタニ牧農〉の「牛の棲む森」を作る構想に共感し、あらたな活動がはじまりました。牛と家具。一見結びつかなさそうとも思えるそのふたつが、未来に向けたストーリーでつながります。そこには彼らが考える 100年後の木を想像することの意味、価値、そして楽しさが溢れています。
放牧を取り戻すことで、この土地に恩返しをしたい
1941年に創業した〈サゴタニ牧農〉。創業者である久保政夫氏が、故郷である砂谷(サゴタニ)村を豊かにしたいという想いで、当時酪農業を営んでいた東京・八丈島から23頭の牛を連れて帰ったことからはじまりました。マツダスタジアム7個分という35ヘクタールもの敷地では、乳牛であるホルスタインを120頭飼っており、牛乳やヨーグルトをはじめチーズやバター、スイーツなどの製造、販売をおこなっています。
「もともとは放牧酪農だったのですが、日本が高度経済成長期を迎えて人口が急激に増えたことで量を求められるようになり、生産性が高く人件費も抑えられる集約酪農に転換していきました。そんな時代背景もあり、現在の日本の酪農は舎飼が98%で放牧はたったの2%。でも、600キロもある牛は本来、狭い牛舎で一生を送るような生き物じゃないという想いがずっとあり、放牧に切り替えようと考えていたんです」と語る〈サゴタニ牧農〉の久保宏輔さん。
しかし、牛舎の中で効率よく牛を育てるのと比べて、放し飼いで育てた場合の乳量は、環境や牛の性質にもよりますがその半分くらいに減ってしまうそうです。さらに管理の難しさもあり、事業として成立させることの難しさに直面します。そして2020年のコロナ禍でのできごとが大きなきっかけとなりました。
「コロナ禍の影響で牛乳の販売量が一気に減り、このままじゃもう会社も持たないという状況をなんとかしようと、お客さんに来てもらってドライブスルー形式で牛乳を買ってもらうことをはじめたんです。そしたら当初500本くらいを想定していたところ、実際は5,000本も売れて。“サゴタニの牛乳がなくなったら困るから助けにきたよ”といった言葉をたくさんいただいたことで、決心がつきました。牛が広い場所で悠々と過ごして、その土地の草を食べて育ったお乳をいただき、わたしたちがこの土地に還元するという循環を作りたい。そしてそんな場所を広島に残していくことが、僕らを助けてくれたお客さんへの一番の恩返しになるんじゃないかと思って。これはもうどんなに難しくても時間かけてもやろうと決めました」
自然と牛が共生する「牛の棲む森」がある未来に
「牛の棲む森」を作りたい。そのために、2020年6月より農林水産省や放牧のプロアドバイザーの力を借りつつ、放牧式の酪農に着手。2030年までに放牧した牛から乳を搾ることを目標に、クラウドファンディングを通してプロジェクトを公開し、目標値を超える支援額が集まりました。このあたりの土壌は硬くて根が張りづらく、牛が食べて栄養になるような草が育ちにくいため、土づくりからスタート。そして2022年春には、広葉樹を中心にさまざまな種類の植樹をおこないました。樹木は牛が夏の暑さを遮るための木陰になり、そして牛の糞が良質な肥料となり樹木の成長を助けるという循環が生まれます。
「僕たちは、安心安全でおいしい牛乳を作りたいだけではありません。目の前の一杯の牛乳がどうやってできているのか、食べることをその意味からもっと感じてもらいたい。そして、この大きな牛という生き物から肉や乳をいただいくということを、この場所に来て感じてもらえることがテーマです。そのためには、いろんな人にこの過程から関わってもらい、仲間になってもらうことが必要。土壌を作ること、そしてその価値を消費者と共有すること。放牧を続けていくためにはそのふたつが大切なことなんです」
〈サゴタニ牧農〉の敷地内には、樹齢100年と言われる大きなクヌギが生えています。このクヌギから、今年植樹した木の100年後の姿を想像し、そしてその木で家具を作ることを思い描きました。
「サクラやカエデのように花や紅葉を目で見て楽しめる木や、クルミなど実を食べられる木など、さまざまな種類の木を植えました。しかし、中にはすでに枯れてしまった木もあって、改めて植えた木がすべて育つわけじゃないということを目の当たりにしました。だから、木があることって当たり前のようでいて、奇跡的なことなんじゃないかと感じたんです。たとえば、育てたクルミの木の実でチーズケーキを作ろうとか、木の成長が牛だけでなく人も楽しめることをしたいなと思っていて。そこで100年後、育った木から家具を作りたい、広島の椅子を広島で作りたいという話を、同じ地元のマルニ木工さんに相談したんです」
多くの人に森づくりにスタートから関わってもらいたいという、〈サゴタニ牧農〉の想いはまっすぐに〈マルニ木工〉に届きました。
「100年後の椅子を作るということは、今、放牧地を作り、植樹をする人たちにとって自分たちがいない世界の行為。それってどいういうことだろう? と自問自答を続けるうちに、“自分は見ることができない”ということを覚悟した瞬間、すっと腑に落ちたんです。自分たちはきっと100年後の椅子を見ることができないけれど、その時が来るということは、その手前の世代の人たちによってきちんと伝えられてきたからこそ辿り着くということ。100年先の椅子につながるストーリーも含めて、この森作りの価値をわかってほしいという久保さんの想いに賛同しました」と本プロジェクトにスタート時から寄り添う〈マルニ木工〉のブランド統括部の中川章さん。今から100年後に椅子を作る。発案した自分たちはきっと見ることができない未来に、大きな共感を寄せています。
高木を約20本、中木を約60本植える計画のもと、2022年春、最初の植樹が行われ広葉樹を中心とした樹木が植えられた。
時間をかけて、木とともに人も成長する場所に
「この『牛の棲む森』を通して、自分がいない世界を想像しながら、次世代に託していくということに面白さや喜びを感じるということが広がっていけば」と語る久保さん。〈サゴタニ牧農〉の真ん中に、前年の台風で倒れてしまったポプラの木に代わり、今年あらたに二代目のシンボルツリーとしてクスノキが植えられました。ポプラの木の根よりも強いというクスノキに、未来への展望を重ねます。
「クスノキの成長はゆっくりですが、その分根をしっかり張る木です。この牧場もこの木のように強い根を張った場所にしていきながら、木の成長とともに、人の成長も追っていきたいですね。子どもの頃見ていた小さな木が、大人になって大きく成長して、家族と一緒に過ごした楽しい記憶が蘇るように。そして、この放牧地の変遷も一緒に見てもらいながら、時間をかけて変わることっていいねっていうことを、この場所を通して共有していきたいです」
PEOPLE
久保 宏輔
Kosuke Kubo
牧場の息子に生まれるが、動物アレルギーのため当初は跡継ぎを断念。大学卒業後、東京でサラリーマン生活を送っていたが、酪農業界の将来に危機感を感じたため、2016年広島に帰郷しサゴタニ牧農の経営に参画した。現在は放牧酪農を目指して奮闘中。また、日本人として2番目の国際的な農業奨学金を獲得し、2022年から奨学生として世界中の牧場を旅しながら視察できるという権利を得た。