大きな森のなかで自由に学び、遊ぶ。日々賑わう岐阜県の「morinos(モリノス)」の魅力とは。現地を訪れ、誕生の経緯から活動内容、未来の可能性を聞きました。
森が引き出す「自発性」
岐阜県のちょうど中心部に位置する美濃市。江戸時代の伝統的な防火壁、うだつがいまだに残る古い街並みを守るように広がる、北辺の山の入り口に「morinos」はあります。
樹齢100年を超えるヒノキを連続したV字に組み上げた丸太柱。その上には大きく張り出す片流れの屋根。インパクトのある建物の前にある広場には、焚き火スペースや巨大なテントも見られ、山へと続く道の坂の中腹には秘密基地のようなドイツの狩猟のための見張り小屋も設置されています。
morinosは、森とのふれあいの場として、2020年に竣工した岐阜県の公共施設ですが、その実状はアトラクションを備えたアミューズメントパークでもなければ、規定のプログラムを実施するラーニングセンターとも少し違っています。来場者に提供されるのは、森と連動したありのままの自然だけ。
「morinosには、何のルールもありません。落ち葉や木の実を拾い集めてくる人もいれば、木の枝で工作をしたり、火おこしを試みる人もいるし、ただゴロゴロと泥にまみれて遊んでいる人もいる。すべてを森が教えてくれるんです」
具体的な目的を持たずとも、向き合っているうちに何かしらのきっかけを見つけ、各々が好きな時間を過ごすようになる。そんな自発性を引き出す不思議な力が森にはあると、スタッフの川尻秀樹さんは話します。
ドイツの森の家をヒントに
morinosの母体となっているのは、日本で最初の林業短期大学校が前身である、岐阜県立森林文化アカデミーです。同校では、半世紀以上にわたる歴史のなかで、数多くの技術者、実践者を輩出してきました。しかし、その一方でもっと地球のこと、環境のこと、そして人々が暮らす社会のことを考えるのであれば、より裾野を広げていかなければいけない。先の時代に必要とされる課題は、森と無関係な人や興味のない人たちといかにネットワークを結び、普遍的に交流していくことでした。
国土の3分の2が緑に覆われた高い森林率を誇る日本では、暮らしのすぐそばに森が存在しています。人が生きるために森が必要なように、森を健康に維持していくには人の手助けが必要。もっと気軽に人が森に分け入り、自分なりの方法で関係性を持つきっかけづくりができれば、森も人も豊かに生きていける。その基盤づくりとしてmorinosが目指したのは、地域の人々、とくに子どもたちのために、「森の入り口となる場所」をつくることでした。
考えのヒントになったのは、ドイツにある「ハウス・デス・ヴァルデス(森の家)」です。
2014年、岐阜県立森林文化アカデミーがドイツのロッテンブルク林業大学と連携協定を締結した際に、スタッフが訪れたハウス・デス・ヴァルデス。ここには、自然や森林関連の仕事を学ぶことができる施設があり、週末になると近隣の人々で溢れ、皆が自由に食事をし、周りで子どもたちが好き勝手に遊んでいる。その様子を見ながら、決して森は専門家たちだけしか入れない特別な場所ではなく、豊かな森はどんな人をも受け入れる多様性と許容力を持っているという確信が生まれたのです。
幸いにも、岐阜県は日本で2番目の森林率を誇る地域です。さらに岐阜県庁には「林政部」と呼ばれる森づくりに関する施策を担当する専門部があり、教育、産業が一体となり、森と共生する文化を推進していくための「ぎふ木育30年ビジョン」に基づき活動しています。
大きく掲げたビジョンと力強い地盤が功を奏し、みんなの巣のようになればという思いを託し、2020年7月にオープンした「mosinos(モリノス)」。新型コロナ禍にもかかわらず、最初の1年間で予想を大きく上回る1万1000人あまりが来場。天気の良い週末になると、いまでも親子連れを中心に100名ほどがmorinosを訪れ、森のなかで思い思いの時を過ごしています。
可能性はすべての森にある
morinosでの過ごし方は、森の知識が豊富なスタッフ(=プレイワーカー)が必要に応じてサポートし、利用者間で適宜道具を譲り合うなど、最低限のルールはあるものの、どうするかはそれぞれが考え、森との触れ合い方を発見していくのが基本です。あえて正解がないからこそ、年齢や性別、能力の違いに影響を受けることもなく、異なる立場、世代の人々が森を媒介に交わり合う環境が生まれています。既成概念にとらわれず、泥を捏ね、木を切り、色を重ねていく子どもたちは、まさにアーティスト。morinosのスタッフの方が驚かされることも多いと言います。
人が動くたびにその情景を写し、morinosの様子も少しずつ変化。訪れる人々の自主的な行動がmorinosや周辺の自然を生き生きと輝かせていく。その様子は、刻々と移り変わる森の様子ともリンクしているように感じられます。
morinosで得た知見をもとにした外部活動も盛んに行なわれており、学校等に出かけて森の体験を伝える出張プログラムや、指導者の育成やスキルアップのための研修も実施されています。無限の可能性を秘めるmorinosですが、担当者たちは、ここが決して唯一無二の特別な場所ではないと話します。
「豊かな森は全国に広がっていますから、morinosのような場所ができるチャンスはどこにでもあるはず。どうしたら人が森とつながり、生き生きと暮らしていけるか。そのヒントは、いま暮らしている環境のすぐ側にあると思います」
何度も繰り返し訪れるリピーターや、噂を聞きつけた近県からの来場者も増えているというmorinos。彼らの実直な取り組みの姿勢を参考にしながら、いろいろな方向から森林を眺めていけば、新しい森への入り口がきっと見えてくるはずです。