Category木を知る
2023.01.12

木に価値を見出し、森に還元する家具作り
木と暮らしの制作所

岐阜県高山市で地域の広葉樹を使って製作されるセミオーダー家具「moricara」や「HOTA」などを手掛ける〈木と暮らしの制作所〉。彼らのテーマは「森と木と暮らしをつなぐ」ことで、新たな循環を作り出すこと。森が抱える大きな課題に、一本一本の木と向き合うことでその活路を見出していきます。

木って真っ直ぐ、それが幻想に変わった日

日本有数の家具のまちとして名高い飛騨高山。奈良時代「飛騨工(ひだのたくみ)制度」として税を免除することを引き換えに、都に木工技術者を派遣する制度があったことなどからも、木と共に積み上げてきたその歴史は輝かしい。古典落語にもたびたび登場する江戸時代初期の木彫の名人・左甚五郎(ひだり・じんごろう)に与えられた「左」姓も幼少期を過ごし、木工技術を学んだ飛騨高山の「ひだ(り)」に由来するという逸話もあります。そんな飛騨高山の森の麓に〈木と暮らしの制作所〉はあります。

「自分自身、『木と暮らしの制作所』を創立する以前は15年くらい個人作家として家具を製作していました。東京の百貨店でも販売されているような木工家具です。でも、やりながら何かが違うな、と。そう迷いはじめたときに、ちょうど同じ思いを持った飛騨高山の仲間が集まる機会があって。せっかくやるんだったら地域のためになることをしよう、と始まったのがこの会社です。今は5名で運営していますが、自分みたいな木工の作り手だけではなく、営業が得意な人もいる多様なチームです。現在は自分が代表を務めていますが、その時々の森の役回りに合わせて代表もふさわしい人にバトンタッチしていく。そんな考え方を持った組織です」
代表の阿部 貢三さんが有志と活動を始めてから約7年。地域のためになりたい、そんな漠然とした想いは活動拠点を構えた広葉樹林業会社との出会いから決定づけられていきます。

〈木と暮らしの制作所〉の拠点、その敷地内にある中間土場。ここに市場に出回ることのない飛騨高山の多様な樹種の広葉樹が集められてくる

「拠点には、作業場とショールーム、材木置場があるんですが、ここは広葉樹林業を手掛けている会社の一角を間借りしています。ここに来てから、中間土場(山から降りてくる木を細かく選別するための施設)で広葉樹の丸太を頻繁に見るようになってからは、自分たちが普段使えていない樹種が豊富なこと、そもそも市場では見かけない樹種があることを知ったんです。よく見分ければ家具に使おうと思えば使える丸太があるのになぜ出回っていないのか? 素朴な疑問が生まれてきました」

そもそも広葉樹林業、という分野自体が現代では非常に希少なのだそうです。なぜなら、広葉樹の森は負の遺産、と言われてしまうほど、その価値を見出しづらくなってしまっているからです。
「単純に言うと、使いみちが無い。主な使いみちは線路の枕木、製紙、ピザ窯の薪などで、それでも使えないものは菌床チップなどに回されます。作り手側の視点から見ても、広葉樹は曲がっていたり、細かったり、枝分かれしていたりと扱いづらいし、量産向きではない。癖が強く、一本一本と向き合わなければならないんです」

特に飛騨高山の広葉樹は、森の標高差によって多様な樹種量があるのが特徴。本来なら多様性は森の資産となりそうなものだが、ひとつの樹種でまとまった収穫が望めないとなると、そこに労力を費やすことにもなり安定供給からは遠くなります。価値にならないと、わざわざ道を作って伐採作業をする対価と見合わない、次第に誰も森に入らなくなり荒廃していく……。そんな負のスパイラルに陥っている現実を目の当たりにします。市場に出回るのは伐採された総量のたった3%という広葉樹林業の課題はそのまま〈木と暮らしの制作所〉の活動テーマになっていきます。

材木置き場には、製材され、家具に使われるのを待つ板材が多数眠っている。どれも同じものはなく、色も個性もバラバラだ


わずか3%しか市場に出ない、国産広葉樹が抱える悪循環

とにかく「広葉樹一本の価値を上げるしかない」飛騨高山の森を好循環に持っていくための挑戦が始まりました。中間土場に持ち込まれる丸太は、山で伐採された時点で市場に出せないと判断されたものです。市場の基準に適合していないと、市場に出るチャンスすら与えられない。阿部さんはトラックが中間土場に入るたびに声をかけてもらい、見分けの作業を行います。どうやったら家具や製品として、広葉樹にセカンドチャンスを与えられるか? を必死で考えながら、使えそうなものがあればその場で引き取り、製材所に向けて丸太に直接指示を書き込んでいきます。

「少しでも可能性があると思えば拾い上げたい。ただすべてを引き受けるわけにはいかないので、それ以外はチップに回されていく。中間土場に来ても、山に入っても、そんな現実を見て僕はちょっと落ち込むんですよね。ただ同時に、次に何を作るかも考えているんです」

moricara/ONLY では、これまでの既成概念では使えないと言われていた森にある幅広い樹種の広葉樹を採用。一番見栄えが良くなるように木目や白太(辺材とも呼ばれる樹皮に近い部分)の組合せ方を探り、一点物のハギテーブルが作られる

新しいアイデアやデザインを実現したいと思ったとき、飛騨地方の専門性をもった人材が頼りになると阿部さんは言います。かつては自身もそうだったように、森に囲まれた環境や機会に惹かれて、全国から木を生業とした職人たちが集まってきている。
「常時5~6名、外部の職人さんや作家さんとコラボレーションして製作を進めています。お皿を作る職人、木臼を挽く機械を持っている職人、椅子づくりの職人。中には脚の丸棒だけ作る作家さんもいます。自分たちで機械を揃えてすべて内製するのも選択肢かもしれないけど、できる人がいるのであれば外に可能性を求めるほうが自分たちらしい。目的はあくまでこの木や森をどうするかなので、活動に共感してもらえる職人さんに出会えたら、そのコラボレーションの先に ”飛騨の森を感じられる” デザインが実現できるんじゃないかと思うんです」

また、小さくなるまで、できるだけ木を活かしていくことはものづくりの中で大切にしているそう。テーブルや椅子で残った部分は、壁掛け時計やランプシェード、最後は『COPPA(木っ端)』と呼ばれるDIYキットへ。木を活かすといえば、ボルダリングのクライミングホールドとなる『CONOURÉ(コヌレ)』も、森にあって決して利用されることのないコブをつかったプロダクトで、そのコンセプトとユニークさが目に留まりロンドンにある展示会場 JAPAN HOUSE LONDON で行われた「飛騨の匠、伝統は未来を拓く」展で大きくフィーチャーされることとなります。

ボルダリングのクライミングホールド CONOURÉ(コヌレ)。木の枝が折れたところをカバーするために発生する「こぶ」をつかったプロダクトは、まったく表情や形状が違う1点1点を専用のECサイトから購入することができるのもユニーク

同じ課題に直面する別の地域にも、この経験を活かしたい

〈木と暮らしの制作所〉で製作されるセミオーダー家具は全国にある小売店でのみ販売されます。小売店の目は非常に厳しいが、彼らに認められることが強みとなり流通が促されていきます。ひとつとして同じ木が無いことを、まず小売店に理解してもらい、それが消費者へ伝わったとき、日本の森と木と暮らしがつながるきっかけとなるのではないかと阿部さんは言います。

「川上である森、川中と呼ばれる林業従事者や我々のような関係者、そして川下である消費者を一方通行ではなく、ぐるっと円にして巡回させたい。そうやって辻褄を合わせることが重要だと思うんです。消費者がどうやって森から恩恵を受けているかというのを知ってもらって、ストーリーに共感してもらえるような場作りができたら。そのために森との距離をもっと近づけたい。いずれは、家具を購入した人が実際にその木を採った森に還ってくるツーリズム的な仕組みを家具に導入できないかと考えているんです」

端材や本来採用されない材にも価値を与えるための工夫。天板の穴は木の粉をブレンドして埋め、真鍮でつなぐ

〈木と暮らしの制作所〉の活動は、家具やプロダクトといった分野とはまったく別の福祉の現場でも新しい化学変化を起こし始めています。地元のケアセンターとのプロジェクトで、利用者のリハビリに草木染めを取り入れるプログラムを提案。利用者が受け身となり「やらされている感覚」となりがちなリハビリが、創作要素を加えることでより積極的に関わりたい活動へと変化したそうです。
「このプログラムは現在はリハビリが目的となっていますが、草木染めを行った手ぬぐいなどのプロダクトを我々が買い取り、それを販売することで新たな循環を生み出したいです。

「いずれは自分たちで見つけた課題解決やパターンを、日本の似たような課題を抱えている地域にも転用し、活用できるようになったらという想いもあります」
飛騨高山の森をベースに一本一本の木と向き合いながらも、活動ジャンルや地域に縛られることのない眼差しを持つ〈木と暮らしの制作所〉の静かな可能性は、広葉樹の、日本の森林の未来を垣間見せてくれます。

草木染めされたファブリック製品、森の活用は木工以外にも広がる
〈木と暮らしの制作所〉町 純路さん(左)と阿部 貢三さん(右)

INFORMATION

木と暮らしの制作所
Photo Kohei Yamamoto
Writing KIDZUKI

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