名古屋の建築事務所、ナノメートルアーキテクチャーが、2025年に開催予定の大阪・関西万博のために全国から集めている「困った木」。彼らが考える、行き場を失った木の新たな活用術とは。改めて気づいた木への視点、そして未来へ展望を名古屋のアトリエを訪ね、話を伺いました。
木の多様なあり方を世界に伝える「積み柱」
2025年春に開催予定の大阪・関西万博。未来社会の実験場と位置づけ、会場そのものをこれからの時代を支える新たな技術やシステムの実装確認をする場として捉え、多種多様なプレイヤーとの取り組みがはじまっています。
そんなチャレンジングな万博プロジェクトの一つに、1980年以降生まれの若手建築家を対象にした、休憩所やトイレ、ギャラリーといった20の関連施設の建築計画があります。公募に参加した全256組のなかから選ばれた名古屋のナノメートルアーキテクチャーが担当することになったのは、関西の放送局が中継のために使用する「サテライトスタジオ東」でした。
彼らの提案は、きわめてシンプルなつくりのなかに、未来の社会を見通す大胆な発想が隠されています。「時木(とき)の積層」と名付けられた空間は、いくつもの木の切り株が円盤状の大屋根を支え、その下にスタジオを設けるものですが、柱を良く見ると、まったく違う種類の木が幾重にも縦に連結している様子がわかります。
「この『積み柱』の材に使用するのは、台風の影響で倒れた木や道路の拡張で切り倒されたものなど、ごく身近な環境でともに生きていたけれど処分を避けられなくなった木々。こうした『困った木』に、なにかしら新しい生命を与えることができないだろうか。そこから次の時代の生き方を改めて考え、万博の舞台を通じて世界に発信したいという気持ちでプロジェクトを進めています」
アトリエを主宰する野中あつみさんと三谷裕樹さんの発想のもとには、2020年の夏に岐阜県を襲った「令和2年7月豪雨」の発生をきっかけとした、木の保存・再生計画があります。
次なる生命のきっかけとなる、樹齢670年の御神木
2020年7月。停滞した梅雨前線の影響で、緊急避難指示が出されるほどの大雨が岐阜県の中濃から飛騨エリアを襲いました。この豪雨により、岐阜県瑞浪市の大湫神明(おおくてしんめい)神社にあった樹齢670 年の御神木は、根本からごっそりと倒れてしまったのです。
中山道47番目の宿場町、大湫の町の西端で、何世紀にもわたり地域を見守ってきた御神木は、毎年しめ縄を巻き直して祀られており、地域住民にとってかけがえのない心の拠り所でした。
「なんとかして立て起こしたい」。人々の要望を聞き、ナノメートルアーキテクチャーは、保存可能な部分を新たな町のシンボルとして、今までの見守られる木からこれからは見守るきへと立ておこし、最終的には土に還っていく新しい生命のかたちにしていくアイデアを提案します。
「延命処理をして、このまま永遠に残るような存在にすることも可能でした。でも、生き物には限られた寿命があるのも事実です。立ち起こした大杉に、風に乗って飛んできた種がくっついて、いつの日か違う植物がそこに芽吹くかもしれない。そんな次の生命の誕生や新たな気づきのきっかけになってほしいという思いとともに、住民や専門家の方々と相談を重ね、考えをまとめていきました」 その結果、高さ40メートルあった御神木の下部5メートルをカットし、コンクリートの基礎に乗せ、天面に直接雨がかからないようにコールテン鋼の屋根をかけるなど、腐敗しやすい切断部をゆるやかに守りながら、この先数十年、数百年をかけてゆっくりと朽ち、変化していく様子を身近に感じとる、新たないのちのかたちが完成したのです。
必要なのは、意識を共有するためのプラットフォーム
プロジェクト竣工時、大湫の町の人々によって御神木に再びしめ縄が巻かれる日がやってきました。式典に同席したナノメートルアーキテクチャーの野中さんと三谷さんは、このときの人々の反応に驚かされたと言います。
「しめ縄が巻かれた瞬間、みなさんの表情がぱっと晴れやかになり、大きな拍手と歓声があがったんです。建築家の仕事では建材として何気なく見ていた木のことをこれほどまでに思い、影響を受け、大切に守りたいと考える人たちがいる。この事実は、僕たちにとってもとても大きな発見でした」
今回の倒木は天災によるものだが、元を辿れば地球温暖化による気候変動も影響しているかもしれません。さらには世の中で切り倒されている木は、都市整備の一環や法規の変更、産業構造の転換など、身勝手な人間の行動が原因となっているものがほとんどです。
地球規模で、未来へと続くいのちのあり方を考える大阪・関西万博への参加をきかっけに、現在ナノメートルアーキテクチャーは世の中にある「困った木」の情報を集めるWEBサイトをオープン。関係者と連携をとりながら、多様な状況を把握し、可能性を見出していこうとしています。
「必要なのは、皆がこの事実に気づき、意識を共有すること。森や木の専門家でない私たちができるのは、できる限り多くの人と、共に考えていくためのプラットフォームをつくることだと思っています」
活動や人々とのコミュニケーションを通して得た木への新たな気づき、そして万博への挑戦。驚異的に進化する産業技術を通じて、輝く未来、夢の社会を描き続けてきた従来の万博とは違い、ナノメートルアーキテクチャーは限りなく現実的であり、人そのものの思考する力を拠り所にしたものです。今後、どのような人々がかかわり、2年後の大阪で何が提示されるのか。この先を楽しみに見守っていきたいと思います。
ナノメートルアーキテクチャー
野中あつみと三谷裕樹が2016年に設立した建築設計事務所。名古屋市に拠点を構える。主な作品に、リニモテラス公益施設、茶山台団地のリノベーションなど。現在、大阪・関西万博サテライトスタジオ、SOUPタウンプロジェクトが進行中。
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ナノメートルアーキテクチャー
nanometer architecture
野中あつみと三谷裕樹が2016年に設立した建築設計事務所。名古屋市に拠点を構える。主な作品に、リニモテラス公益施設、茶山台団地のリノベーションなど。現在、大阪・関西万博サテライトスタジオ、SOUPタウンプロジェクトなどが進行中。