KIDZUKIと馬路村による「天然魚梁瀬杉発掘プロジェクト」にて、鈴野浩一さんが手掛けた家具がついに完成。高知の馬路村での選定し、そして愛知の〈カリモク家具〉の工場にて視察と検証を経て、2024年5月に東京・代官山に完成したアウトドアブランド〈ARC’TERYX (アークテリクス)〉のクリエーションセンターの屋上スペースにベンチが設置されました。その制作プロセスとともに、本プロジェクトを通したさまざまな気づきを振り返ります。
ルーフトップに広がる魚梁瀬杉のサークル
鈴野さんが魚梁瀬杉と出会ったことで当初のプランを変更し、木の自然な形状とシャープな印象を兼ね備えた、唯一無二のオブジェのようなプロダクトが完成。〈アークテリクス〉の開発拠点『東京クリエイションセンター』の屋上に、魚梁瀬杉のベンチが設置されました。
本社のあるカナダのノースバンクーバー、そしてアメリカのポートランドに続き、世界で3箇所目、北米以外では初という同施設。このサークル状にレイアウトされたベンチで意見を出し合い、デザインを考え、そしてサンプルを縫製する。普段は開発関係者のみが利用する施設であるものの、世界中が注目するグローバルなクリエーションが集結するこの場所で、魚梁瀬杉も重要な役割を担っているのです。
スペースを最大限に活用して設置されていることで、都会の真ん中でありながらダイナミックな魚梁瀬杉の存在感が際立ちます。そして、魚梁瀬杉の特長を活かしながら、屋根のない野外での設置であることや利用者にとって安全であることなど、構造面でも挙げられてきたさまざまな課題もカリモク家具とともにひとつひとつクリアしていきました。本プロジェクトを担当した馬路村の森林組合、そして村役場の皆さんも現地を訪れ、実際にベンチを目にしました。
「最初の鈴野さんのイメージ図を見ていたので、自分が想像していたものより、かなり大胆にカットして制作をしたんだなと思いました。大きな天板(輪切り)を、あそこまで加工するのは、大変な技術と手間がかかっていると思います。カリモクさんの加工技術は、すごいなと感じました」と馬路村森林組合長の清岡哲也さん。
「輪切り一つひとつがダイナミックで、都会にいながらも大自然の生命を感じられる作品でした。これから、使われていく中で表情が変化するのか楽しみです」と馬路村長の山﨑出さんも完成を喜びました。
協働する知恵と技術
完成に至るまでの本プロジェクトのプロセスを振り返ります。馬路村で鈴野さんが選定した12枚の輪切りの魚梁瀬杉は、制作を担った愛知県にあるカリモク家具の工場へ。鈴野さんの設計図に基づき、ポイントごとにひとつひとつ検証しながら、加工へと向かいました。鈴野さんも工場を訪れ、現場で職人さんらと対話を続けます。
12枚の魚梁瀬杉は、120mmの厚さに平面出しした後、その原型は活かしながらも正円に配置するために、写真をトレースして原寸大の型紙を作り、それに合わせて帯鋸とNCルーターを部分によって使い分け、削り出していきます。そしてそれらは厚さ1.5mmの鉄板の上に置くため、ボルトで締めて固定するための穴も開けられます。
また、乾燥によるひび割れが進んでしまった部分の断面で手が切れてしまったり、安全面を配慮するための協議もその場でおこなわれます。これ以上割れ目が広がらないように蝶チギリを入れるたり、樹脂で埋めるかなどの提案がある中で、なるべく自然な形を活かすことを選びました。こういった細かい気づきにもすぐにさまざまな解決方法を提案できるのは、カリモク家具がこれまで培ってきた知見と技術があってこそ。同社の代表取締役副社長の加藤洋さんも、実際の現場の技術者のみなさんとともに、振り返ります。
「基本的は規格化された広葉樹を主に使って加工しますが、今回は不定形で自然そのままの形の針葉樹。削り出しや穴開け、重量の面などうまくいかない場面が多いのでは? という不安は正直ありました。しかし、弊社の技術者である三浦創率いる半田工場のチームの力が大きかったと思います。三浦はもともと岐阜カリモク家具の工場で試作を担当しており、ルーターなどの汎用機もうまく使い、自分でプログラムを勉強しながら自分で作っていく、いわばデジタル職人。前からその技術はすごいなと思っていました。それはカリモクがうたう”ハイテック&ハイタッチ”の思想に通じます。機械やロボットなど、IT系のシステムは活用するけれど、人をそれらに置き換えるのではなく、その分人じゃないとできないこと、人が手がけたからからこそできる価値を探求しようということ。100年育った木で作った僕らの家具を100年使ってもらう。そんなふうにトレンドを追うのではなく、普遍的に価値を持ち続けられるものづくりをおこなっていきたい。だから、今回のようなプロジェクトは彼だったら大丈夫、彼のいる半田工場で任せようと決めました」
プロジェクトを経て考える、魚梁瀬杉のこれから
今回は目的と設置場所がすでに決まった上ではじまりましたが、このプロジェクトを機に、この魚梁瀬杉はもちろん、材料の活用の方法で新しい価値を見出していくことは、木を取り巻くあらゆる場面で重要な視点です。
「カリモク家具さんに引き受けていただき本当に助かりました。 通常とは全然違う依頼だったと思うのですが、木の知識、技術はさすがですね。改めてすごいなと感心しました。 外側は魚梁瀬杉の自然の形の円形を、内側はシャープな正円形を12個の木で作ったこのベンチは、このアークテリクス クリエーションセンターのシンボルとなったと思います」と鈴野さん。
「カリモク家具としては大変な制作ではありましたが、本音で言うと規格化される前の木のあり様はやはりかっこいいし、感じ取れるものがたくさんありました。普段家具では小口の状態で使うことはなかなかないので、年輪を改めて見ながらその歴史に想いを馳せたり。大事な木の見方があり楽しかったですし、”木らしいもの”と付き合わせてもらったと思っています。現地を訪れたことも大きかったですね。馬路村を訪れて、役場や森林組合の皆さんなど現地の方と話しをしたり、成樹さんが体ひとつでチェーンソーとろくろを使う姿を見て、『これは断れない! 』と(笑)。そしてなにより鈴野さんの輪切りを使ったベンチというアイデアが素晴らしかった。この魚梁瀬杉に民芸的なものとも違う、新しい価値をつけることができるんだろうと思いました。あの倉庫からたった12枚を選ぶことも、大変な作業でしたよね」と加藤さんも制作を振り返ります。
主に家具に関しては、需要が一定の樹種、サイズに偏り、それ以外の木材は価値がつかないという現状が国内外にはまだまだたくさんあるという加藤さん。しかし今回のプロジェクトを経て、たとえ輪切りの状態の木だとしても、デザインやものづくりの工夫をもったチャレンジが、林業をはじめ、業界の経済的な価値を高めることにつながるという光明が見えたそうです。
こうして、KIDZUKIと馬路村との最初のプロジェクトが完成、納品へと至ったいま、改めて馬路村と森林組合がプロジェクト全体を振り返ります。
「鈴野さんや高橋さんが作り上げた作品は、木目や割れ、節といった木材の持つ個性を生かし唯一無二の作品で存在感があり、ものづくりへのこだわりや独自の世界観を感じました。 今回のプロジェクトで、時代にあった感性と長年の経験から培われた加工技術が融合し、新たな価値が生み出されました。これまで私たちの取組みでは交わることがなかった層へのアプローチができ、魚梁瀬杉に触れていただけたことは大変うれしく思います。正直、魚梁瀬杉のみで差別化を図ることは難しいですが、200~300年生の木は育った気候や植えられていた場所により一本一本表情が異なり、生命力を感じます。今後も、そのような表情をうまく表現できる方に活用していただき、新しい価値を生み出していきたいと思います」と馬路村長の山﨑さん。
そしてすでにこのベンチを見た方から、馬路村の森林組合宛てに問い合わせもあるといいます。
「ベンチはとても良いアイデアでした。組合としましては、『我が社もこんなものが作りたい これはどこの材料を使っているのですか?』という問い合わせがあり、販売に繋がるのを期待しています」と馬路村森林組合の清岡さん。
高知県のちいさな村からはじまり、鈴野さんと高橋さんの参加のもと、愛知、東京へと旅をしたこの魚梁瀬杉プロジェクト。2人の活動をきっかけに、またさまざまなアイデアや価値が見出されることを期待するとともに、またどこか別の材、別の場所での発想のきっかけとなり、その輪が広がるように。KIDZUKIのプロジェクトはこれからも続きます。
天然魚梁瀬杉 発掘プロジェクト
プロジェクト概要および関連記事はこちら
PEOPLE
高橋 成樹
Naruki Takahashi
高知県生まれ。健康な森を育て間伐し木材を生産する山師であり、木を加工して作品を作るwood artist。両軸の活動を通して真摯に山や木と向き合い、正しい知識や情報を伝えることを目指す。
鈴野 浩一
Koichi Suzuno
トラフ建築設計事務所主宰、KIDZUKI クリエイティブチーム・コンセプトディレクター 。1973年神奈川県生まれ。1996年東京理科大学工学部建築学科卒業。98年横浜国立大学大学院工学部建築学専攻修士課程修了。シーラカンス K&H、Kerstin Thompson Architects(メルボルン)勤務を経て、2004年トラフ建築設計事務所を共同設立。