今、衛星データを使った森林観測が大きく進化しようとしています。
森林分布、伐採監視、バイオマス推定など
広範で緻密なデータの取得により、ビジネスも森林管理も次のレベルへ。
森林データ活用の最先端について、JAXA衛星利用運用センター(SAOC)の濱本さんに聞きます。
H3ロケット打ち上げ成功。このニュースが森林にもたらすもの
宇宙航空研究開発機構(以下JAXA)は、種子島宇宙センターから2024年7月1日12時6分42秒(日本標準時)に、H3ロケット3号機を打ち上げました。昨年の打上げ失敗を経て、待望となっていたH-ⅡAに続く国の大型基幹ロケットの実用化として、今後の商業衛星の市場競争における牽引役と期待されます。そして、今回のH3ロケットには先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)が搭載され、打上げから約16分34秒後に正常に分離、その後軌道上で衛星を安定して維持できる状態であることも確認され、現在は衛星搭載機器の機能確認が順調に進んでいます。
人工衛星「だいち4号」のキャッチフレーズは「持続可能な未来のために小さな変化も見逃さない。」とされています。地球の地殻変動、防災、森林・農業、海洋に役立つ詳細なデータを遠く宇宙から取得し続け、有益な情報として提供することを目的としています。これまで運用されていた「だいち2号」(ALOS-2:2014年運用開始)から観測性能が向上し、広範囲で高頻度、高精度なデータ提供を可能とします。
KIDZUKIでは、人工衛星がもたらすデータが森林に及ぼす効果や展望について、JAXA・衛星利用運用センター(SAOC)の濱本 昂さんにインタビューしました。濱本さんは昨年行われたKIDZUKI CARAVAN vol.1 にて「衛星と木」というタイトルで登壇いただいた経緯もあり、遥か宇宙から森林を俯瞰し、さまざまな課題解決へと導く注目のキーパーソンです。
「JAXAでは、衛星により全世界の森林を継続的に観測し、森林の分布を25m解像度で分類したデータを一般公開しています。Lバンド合成開口レーダと呼ばれるマイクロ波を使ったセンサーを搭載した衛星が森林観測に有効で、JAXAは長年にわたりこの分野の衛星を開発・運用してきました。2016年からは、JICAと協力して熱帯雨林の伐採を警報するシステムを運用し、実際に違法伐採の取り締まりにも活用される事例も出てきています。日本国内では茨城県と連携し、衛星データを使った森林管理の実証を行っています」
宇宙から地上を見守る。JAXAのしごと
濱本さんが所属する部署は、行政や他省庁、教育機関、民間企業などの国内だけでなく、他国の宇宙機関とも連携しながら、人工衛星で得られたデータを分析・加工し、その活用可能性を広げていく取り組みを進めています。人工衛星が打上げられ、運用が軌道に乗った、その後こそが業務の主戦場となります。
「我々はロケットが打上がった直後に喜んで拍手して終わりではなく、人工衛星が起動して正常に動作するのを確認するまではまったく安心できないんですよね」
「だいち4号が稼働し出すと、従来(だいち2号)と比較しても、データ量も質も向上してきます。国内の森林観測に適した例ですと、従来は6mの解像度で日本全国を年4回観測していたものが、より高い解像度の3mで年20回も観測できるようになります」
さらに、カーボンクレジットなどで客観的で信頼できる森林データへの要請が高まることで、衛星データの活用市場も新境地を迎えつつあるのではないか、と濱本さんは言います。
「カーボンクレジットが契機となって、森林を定期的にモニターし、クレジットの価値を落とさない、信用を担保するといったニーズが明確になってきています。今まさにこの分野の研究が非常に活発になってきているという実感があります。特に近年は企業でも衛星データを分析・加工するアイデアを出す専門家の方が増え、研究とビジネスが同時進行で進化しています。森林面積の変化は日本の衛星観測により把握できていますので、このまま研ぎ澄ませていくことで、将来炭素量(バイオマス)が詳細に計測できるようになったりと、より高度化していくのではないでしょうか。我々も森林総合研究所(補足:国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所)などとの協定の元、どういった分野で人工衛星からの森林データが活かせるかについて、引き続き取り組んでいるところです」
森林のことはJAXAに聞けばよかったのか! 多彩になるデータ活用の未来
すでにJAXAでは、森林がどれだけ二酸化炭素を吸収し、固定したかを算出するための炭素量の推定研究にも着手しています。演習林を保有する大学等と連携し、日本の森林バイオマスマップの研究を進めており、さらには東南アジア地域の森林バイオマスマップを作成する構想です。また、だいち4号に搭載されているLバンド合成開口レーダは、森林の木々の大きさや量を判別することにも長けており、世界の森林分布やその変化の把握、さらには森林に蓄積された炭素量の推定にも有用です。
「JAXAは『土地利用土地被覆図』という地図も作成しています。土地の状態や利用状況を14種類のカテゴリである水域、都市、水田、畑地、草地、落葉広葉樹、落葉針葉樹、常緑広葉樹、常緑針葉樹、裸地、竹林、ソーラーパネル、湿地、農業用温室に分類し、日本の国土活用の基盤情報としてどなたでもダウンロードして使用可能です。ただし、森林に関しては、4つのカテゴリに大別はできていますが、スギ、ヒノキなどの樹種までは測定できていないのが現状です」
「だいち2号・4号で取得可能な森林データに加え、光学センサーやLiDAR(ライダー)※との組み合わせにより、より緻密で役に立つデータを作成することも今後はとても重要になります。また、ドローンや飛行機など、地表近くで取得できる解像度がとても細かいデータと、衛星が広範囲を定期的に観測したから送られてくるデータとを組み合わせることで、木々の樹高や樹種を推定したりすることが近い将来に実現できるかもしれません」
また昨今は、人工衛星や宇宙ステーションにLiDARを搭載する取り組みが各国で活発になっているとのことで、だいち4号以降のJAXAの人工衛星の方向性の議論も今後大いに注目されます。
宇宙から取得できる森林データの奥深さと同時に、今後の活用アイデアも実に多彩であることがわかってきました。地上から遠いからこそ可視化できる「森林のリアル」。気候対策や防災観点だけにとどまらず、森林の営みにたずさわる企業や個人の毎日が、宇宙からの情報で高度に進化していく未来に期待せずにいられません。
※LiDAR = Light Detection And Rangingの略。レーザー光を照射し、その反射光の情報をもとに対象物までの距離や対象物の形などを計測する技術
INFORMATION
Website | JAXA公式ウェブサイト | https://www.jaxa.jp/ |
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Data | 日本域高解像度土地利用土地被覆図【2022年】(バージョン23.12) | https://www.eorc.jaxa.jp/ALOS/jp/dataset/lulc/lulc_v2312_j.htm |