伝統技法に裏付けられてきた木造建築に最先端のデジタル技術を掛け合わせ、革命を起こす。そんなミッションを掲げるスイスの研究チームが、日本の木造建築のあり方にフォーカス。人々の暮らしや都市の様子だけでなく、森林、そして地球の未来をも見据えるビジョンをメンバーに聞きました。
伝統の職人技を、デジタルで拡張
焼き物の里として知られる愛知県常滑市。古き歴史的建造物に囲まれた広場に、今年の夏、新しい3層の木組み構造体が突如現れました。シンプルな5つのフレームながら、接合部にクギやネジを必要としないほぞ組みという接合を1000以上使用したというこの木造建築をつくったのは、ロボティック・ファブリケーションを長年研究している、スイス連邦工科大学チューリッヒ(ETHチューリヒ)のグラマツィオ・コーラー研究室のメンバーです。
「私たちは、いかに高次のデジタルリサーチを物理的な空間=建築に活用することができるかという研究を2005年から継続的に行ってきました。職人の手技をもとに発展してきた建築は20世紀以降工業化により一気に進化し、都市環境も大きく変わりしました。しかしその一方、短期間でより合理的な手法を優先するがあまり、標準的な建築手法が大部分を占めるようにもなってしまった。宮大工に代表される日本特有の匠の技は、いまだ高い評価を受けつつも、現代建築の文脈に順当に受け継がれてきたとは言えません。こうした状況を総合的に鑑み、デジタルの力で適正な木造建築を復活させようとしたのが、このプロジェクトの骨幹でした」
グラマツィオ・コーラ研究室シニアリサーチャーで本プロジェクトの主要メンバーであるハネス・マイヤーさんが語るように、日本には神社仏閣や京都の町屋建築のような、世紀を超える優れた木造建築技術がありながら、近現代ではその知見はほとんど生かされてきませんでした。さらに現代に多く見られるのは木造建築のほとんどが金属パーツで連結された構造体で、空間に発展性のない、単純な構成のものばかり。同研究室では、彼らが培ったデジタル技術をもって、伝統的な職人の知恵と技をアップデート。そこから生まれた新しい木組みのデザインとモジュールの拡張性をこのプロジェクトで示したのです。
人の感覚が可能性を広げる
彼らが駆使しているデジタルの力とは、「コンピューティング」「デジタル・ファブリケーション」「ロボティクス」の3つです。コンピューティングとは、構造やデザインの可能性をデータ計算で算出すること。デジタル・ファブリケーションは、コンピュータで求めたデータをNC(数値制御)旋盤などの自動加工に送り、木材を加工する工程を指し、ロボティクスでは、加工や組み立てをコンピュータと機械工学でフォローしていきます。
「樹種や構造の違いはもちろん、建築のなかで木組みを用いる位置や部材のボリュームによって、ほぞ組みの形も千差万別。そのため、過去の建築データや職人たちの知識、木材の特性など、木造建築にまつわるあらゆるデータを緻密な調査を重ねます。さらにCAT(コンピュータ適応型テスト)によってアルゴリズムを計算した上で、的確なデザインを決定していくのです」
パーツはすべて、ETHチューリヒのロボティクス・ファブリケーション・ラボでプレファブし、現地で組み上げられた。
同研究室でデジタル・ファブリケーションとデザインを担当するマティアス・ヘルムライヒさんは、取り組みのポイントをこのように解説します。リサーチを重ねていくと、業界で常識的に使われてきた木組みも、必要以上のボリュームの木材を使用していることもあることが判明。デジタルの力を借りて丁寧に見直していけば、作業工程だけでなく、材料の無駄もなくすことができると説明します。
ここまで話を聞くと、彼らが持つ技術をフルに活用すれば、ありとあらゆる問題が解決できそうな気もするのですが、デジタルはすべての事象を可能にする魔法の杖ではないともマイヤーさんは付け加えます。
「木のものづくりは、料理の感覚に似ている気がします。おばあちゃんの味を再現したいならば、レシピを書き写すだけでなく、おばあちゃんと一緒に台所で過ごす時間と記憶も大切。コンピュータはものづくりの手順を明解にすることはできますが、さらに可能性を広げるには、人の純粋な意識や感覚、そして真摯に向き合う姿勢が大切なのです」
30年前までは、一部の人が使う特殊な計算機だったコンピュータも、技術革新とともに使う人々のリテラシーが向上。現代では誰しもが日常的に使いこなせるツールへと成長しました。研究チームは、より人々の感覚に近づくために、オープンソースライブラリーとしてオンライン上にデータを開示。誰しもが気軽にアクセスし、自由に活用できる木造建築のためのシステム構築にも尽力しています。
木造建築から、持続可能な世界へと
建築はそもそも人のためにあるもの。人の意識が及ばなければ大切にされず、時代とともに忘れ去られてしまいます。研究課題が社会にインパクトを与え、持続可能な未来づくりを実現するには、自分たちの力だけでは十分ではないとマイヤーさんは語ります。
「京都の伝統的な町屋がなぜ残っているか。それはそこに人のつながりや、リアルな暮らしが存在しているからこそ。研究者だけでなく、大手デベロッパー、中小工務店、建築家、デザイナー、大工といった建築、建設業界に関わるすべての人、そして林業、製材、流通などの木材関連事業者、そして行政までもが一丸となれば、もっと大きなパワーになり、世界を良い方向に変えていくことができます」
植物の育成と野生の鳥の居場所として、複雑な多角形をした5つのシェルを有する、高さ22.5メートルのオブジェを制作したものです。
2009年にチューリッヒ郊外で開催された公共イベントのパビリオンとして使われた。
木造建築の復活は、伝統文化の継承に留まらず、ひいては自然資源の有効活用、果てはエネルギー排出や気候変動といった地球規模の環境問題をも示唆します。そのためには、100年~200年という長い年月をかけて育つ樹木のサイクルと、産業の発展スピードも改めて考え直さなくてはならないでしょう。
「本気で持続可能な世界を考えるのであれば、木造建築ではなく、まずは森の状況を見なければなりません。森を見ずして木造ビルばかりを建ててばかりいたら、それはエコシステムの崩壊につながるだけ。木は二酸化炭素を吸収して成長しますが、切り倒された材木になったのちも炭素を貯蔵しつづけるため、木造建築も破壊して燃やさない限りは、大気中の二酸化炭素が増えることもありません。つまり1000年以上残されてきた日本の歴史的木造建築は、それだけの時間、地球環境を守ってきた存在とも言えるのです」
日本の近現代建物の維持年数はそれほど長くありませんが、伝統建築は世界でも群を抜く長寿のものばかり。ここ数十年は輸入材に頼ってきたため、日本の森には切り倒されることなくしっかり育った高樹齢のものも多いのです。
「建築と産業、そして伝統とデジタル、すべてが持つポテンシャルを統合していけば、時代もリアルに動き出すはずです」
新しい木造建築の誕生が確実に世界を変える。マイヤーさんのメッセージは、そんな未来への期待をも感じさせます。
スイス連邦工科大学チューリヒ グラマツィオ・コーラー研究室
マティアス・コーラーとファビオ・グラマツィオが率いる同ラボは、2005年より建築におけるロボット工学とデジタルファブリケーションの研究を実施。デジタル時代における汎用型ロボティクスを追究し、国際的なネットワーク、企業との連携のもと、調査、開発、実施を手掛ける。森美術館、ポンピドゥオーセンター、ベネチア・ビエンナーレといった国際展にも多数参加している。https://gramaziokohler.arch.ethz.ch
展覧会情報
Kizuki-au 築き合う Collaborative Constructions
2022年7月30日~10月10日に、国際芸術祭「あいち2022」連携企画事業として開催。焼き物の里の脱工業化の遺産である常滑焼き物散歩道に、ETHと東京大学が協働した、木造骨組みの3階建てのインスタレーションが期間限定で展開した。https://vitality.swiss/jp/articles/2022/kizuki-au-collaborative-constructions
協力:在日スイス大使館 / デイリープレス