2023年よりKIDZUKIがドキュメントを収録してきた、”「困った木」で作る 時木(とき)の積層”がついに完成。4月13日に開幕した大阪・関西万博の会場内に、放送局が中継で使用するサテライトスタジオが建てられました。本施設に使用したすべての「困った木」を紹介する特設WEBページも公開となり、設計を担ったナノメートルアーキテクチャーと、改めてプロジェクトを振り返ります。
かつて手がけたプロジェクトが、構想のきっかけに
長らく構想していたプロジェクトがついに形になりました。野中あつみさんと三谷裕樹さんが2016年に設立した、愛知県名古屋市を拠点とする建築設計事務所、ナノメートルアーキテクチャーが手がけた、この”「困った木」で作る 時木の積層”。もとをたどると、2025年の大阪・関西万博の企画として、1980年以降生まれの若手建築家を対象とした20の関連施設の建築計画の公募から選ばれたことでした。

設計コンセプトのきっかけは、2020年の岐阜県の中濃〜飛騨エリアを襲った集中豪雨で倒木した大湫神明(おおくてしんめい)神社にあった樹齢670 年の御神木を立て起こすプロジェクトへ参加したこと。木の保存可能な部分を新たな町のシンボルとして残すことを目指した提案過程で、さまざまな木の現状や課題を目の当たりにし、「必要なのは、皆がこの事実に気づき、意識を共有すること。森や木の専門家でない私たちができるのは、できる限り多くの人と、共に考えていくためのプラットフォームをつくることだ」という想いを万博の建築計画に乗せ、そして全国から「困った木」を募集するプロジェクトとなったのです。


さまざまなストーリーを包括する、「困った木」の柱
構想から遡ると約3年、「困った木」で作られたサテライトスタジオが完成しました。建築計画にある17本の柱を構成するために、今回18箇所から「困った木」を取得。丸々1本で柱となった木もあれば、複数に切り出されたり、別の種類の木と重ねて1本の柱になった木もあり、来場者の目を惹きつける実にユニークなビジュアルです。また、スタジオの外壁は、茅(稲藁)で仕上げられています。茅は通気性や断熱性に優れており、土に還すこともできる資源であるということも、この柱と好相性のコンセプトです。ナノメートルアーキテクチャーは、この外壁の仕上げ材をつくるワークショップを開催。建設中から、本プロジェクトを多くの人たちに賛同してもらう試みを続けてきました。





万博の開幕とともに、建築を構成するの柱ごとに「困った木」を紹介する、特設ページもオープン。どこからどんな木がやってきて、どんな背景ストーリーがあるのか。そしてこのプロジェクトに参加したからこそ知った木だけにはとどまらない、歴史や社会など、私たちを取り巻く環境にも触れています。
「困った木」で作る 時木の積層
また、会場ではそれぞれの柱に、プレートを設置。目に止まった柱がどんな「困った木」で構成されているかを記載しており、QRコードが上記サイトにリンクしています。


「困った木」のその先を考えていく
目まぐるしい日々の中こうして完成したいまの想い、そしてこれからについて、ナノメートルアーキテクチャーの野中さん、三谷さんにうかがいました。
「今回は『困った木』に着目しましたが、極論、木ではなくてもできたことです。たとえばもし鉄だったら、鉄をきっかけにその背景や問題を知ることができたとは思うんです。でも、日本には森がたくさんあり、建材でもある木は、やっぱり身近で、誰もがすぐ分かるっていうところで、取り入れやすい入口だったと思います。木をきっかけにその奥に潜む壮大な世界をのぞき込んだことが、今回一番おもしろかったと思っています。いろいろなことが同時進行だったので、ふと木を集めることを忘れて、あれ? いま取得率がやばいのでは? なんてこともありました(苦笑)。木の取得先や種類によって配送や加工の方法が変わってくるので、実際はそのあたりの調整とずっと向き合い続けていました。でも、源流の部分から木に触れることができて、思考の自由度が広がって、大きく意識が変わったところがあると思います」(野中)


「(本取材時)万博が始まって1ヶ月が経ち、ようやくいろんなことを実感したり振り返ったりする機会が持てるようになってきた気がします。これまでもさまざまなプロジェクトを手がけてきましたが、中でも今回では一言では言い表せないキーワードがたくさんありましたね。でも、制約や条件はもちろんありながらも、自由にできることが多いプロジェクトだったようにも思います。万博だったからこそなのかもしれないです。木の集め方やそれぞれのストーリー、木を通した社会背景、柱を積むための構造や技術、外壁の茅のこと……など、いろんなところに片足を突っ込みながら、多角的に楽しんで取り組むことができたプロジェクトだったと思っています」(三谷)
「困った木」は、万博のために生まれたプロジェクトであり、建築物ですが、万博閉幕後もその思想は続いていきます。施設を別の場所に移設することなども、いろいろな人たちと知恵を絞りながら考えていきたいとナノメートルアーキテクチャーの2人は言います。
「『木っていいよね』だけじゃない面もちゃんと伝えていくべきだと思うんです。例えば、木が育ちすぎてしまうことで、山の状態が悪くなってしまうことや、花粉症の原因にもなっているといったことなど、さまざまな側面が取り巻いています。それを知るだけでは世界は変わりませんが、その問題を起こした根本の原因を知れば、今後を考えるきっかけにもなります。そして、木を身近に感じてない人も、その背景にある問題は身近に感じるかもしれない。そんなふうに、木をきっかけに、関わる人を増やしていくような感覚ですね」(野中)
誰もが知っているようで意外と知らないことが多い木という存在。だからこそ、さまざまなことを自分ごととして身近に考えるきっかけがたくさん潜んでいます。ぜひ実際の建築を訪れ、ひとつひとつの「困った木」を巡りながらそんな彼らの想いを体感してみてください。
『大阪・関西万博 サテライトスタジオ東』
場所:東ゲート側のウォータープラザ沿い。テレビ局用のスタジオにつき、内部入場は関係者。「困った木」の柱はスタジオ外周を散策しながらお楽しみいただけます。
「困った木」で作る 時木の積層
今回のプロジェクトで取得した「困った木」の全ストーリーを収録。
https://kidzuki.jp/komatta-ki/
PEOPLE
ナノメートルアーキテクチャー
nanometer architecture
野中あつみと三谷裕樹が2016年に設立した建築設計事務所。名古屋市に拠点を構える。主な作品に、リニモテラス公益施設、あつたnagAyaなど。現在、大阪・関西万博にて、サテライトスタジオ東を実際に体験することができます。(2025年10月13日まで)







