千葉・袖ヶ浦の小高い山の上に建つ瓦谷山・真光寺は、豊かな自然のなかで樹木葬を行う曹洞宗の寺院です。人と地域のことを考え、ずっと木々と向き合ってきたという岡本和幸住職にそのいきさつを聞きました。
目指したのは、人が訪れ、自然と一体になる「山の寺」
寺院巡りをしていると、高貴な銘木を用い、何世紀もの時代を超えたものを特別なものとして、ありがたく思ってしまう傾向があります。瓦谷山・真光寺も開山1556年、ご本尊の釈迦牟尼仏も350年前のものと歴史のある寺院ですが、現存する建屋や仏像仏具のほとんどは、現職の岡本和幸住職が入山から30年間をかけて、自力で整備していったもの。
「前の住職が体調を崩し、寺から離れていたため、私が受け継いだときは山のふもとにあった元本堂は荒れ放題。埃だらけで、床も抜けそうな勢いでした」
初めて訪れたとき、朽ちそうなお堂の脇で、大きな木に絡む藤の花が美しく咲いている様子に惚れ込み、自らの手で再建しようと一念発起。岡本住職は、檀家から廃材などを譲り受け、DIYで修復を開始。排水設備も整備し、半年をかけてようやく住める状態にしたといいます。
「周りの木に絡みつきながら、どんどん成長を重ねるツル植物を手入れしないとそのまま枯れて、山も荒んでいく。もしかしたら、あのとき出合った藤は僕を魅了していたのではなく、切ってほしいと言っていたんじゃないか。そんなふうに近頃では思うんです」
寺を再建するなかで、時代とともに様がわりする周辺の環境から目をそらすことができなくなった。住職は自身が歩んできた道のりを振り返ります。
「人が入らなくなった山には竹が繁茂し、耕作放棄される田畑も増加の一途。自然の山が切り崩され、産業残土が運び込まれていく。モノが簡単に手に入り、社会は便利になったかもしれませんが、このままの豊かさを追求していては、人も地球もいずれ立ち行かなくなってしまう。もっと人と自然の距離を近づけ、環境を意識しながら自分と向き合う場をつくらなければと思い、真光寺を『山の寺』にしようと心に決めました」
左/真光寺の岡本和幸住職(右)と開墾にあたり、環境調査や全体整備計画立案などで協働した地球工作所の山下広記さん(左)。
元本堂の上にあった山の上に本堂を新築。できるだけ無駄を省き、環境負荷も軽減させるために、建材の95%は集成材を使用。仏像や仏具なども廃寺から譲り受けたり、ネットオークションで手に入れたものを自分の手で修復し、磨き直していきました。さらに、人が訪れたときに、豊かな自然環境のなかで心地良い時間が過ごせるようにと、住職がユンボを操縦して山を開墾。山頂へと続く道の造成や木々の手入れも自ら行いました。
「山や自然と向き合って改めて感じたのは、すべてが自分の思い通りにはいかないということ。斜面で木を切り倒すのは危険を伴いますし、木々は60〜70年という長い時間をかけて成長を続けます。でもその一方で、手をかけるほどにたくさんの花をつけ、実りをなすなど、自然はきちんとした答えを見せてくれる。産業として大規模な林業をすることは難しいかもしれませんが、自分の力で少しずつ身の周りの環境を整えていくことは続けていけると思うんです」
樹木葬、里山の再生。自然を通して伝えたいこと
持続する社会、未来を生きることを考え、人々にもっと山に入り、自然に近づいてもらいたい。そのきっかけとして、住職は2005年より緑豊かな環境のなかに遺骨を埋葬する樹木葬を開始。さらに自主管理している周囲の田畑や山林を使って、農業体験や野鳥観察、昆虫採集などを行う上総(かずさ)自然学校を運営しながら、里山の多様性、地産地消の大切さを伝えています。
「ここまでやるのは寺の仕事じゃない、なんて思う人もいるでしょう。でも本来寺院は、建築、農業、医療といった最先端の技術や文化を取り入れ、思想をつくり出してきた場所。実はあの世の霊魂やスピリチュアルなものとは正反対で、いまの時代をどう生きるかを説いているのが仏教の在り方なんです」
経済が社会を豊かにするといいますが、「1カラットのダイヤを買えば2カラットが欲しくなり、2カラットを買えば、次は3カラットが欲しくなる」と住職が言うように、人の欲はとどまるところを知らず、永久に満たされることはありません。モノが人の心を救うことはできず、自分と向き合い、なんとかしなければならない。そのために有効な手段が自然だと、真光寺を取り囲む山々の緑を眺めながら、住職はつぶやきます。
「豊かな環境のなかに木が育つ景色を守り続けた先には、将来を生きる人々が豊かな土地の恩恵を受けて、さらに生き続けていく。自然と触れ合いのなかで芽生えるこの気づきこそが、未来の社会のともしびになるんです」
木には、生きるという思考はありません。それでも根を張り、枝葉を伸ばし、ただ純粋に生きようとし続けます。その様子を見つめるなかに、禅宗が唱える「己事究明(こじきゅうめい/本来の自分を追求するという意味)」が見えてくる。現世で善業を重ね、極楽浄土で往生するという仏教の教えは、いまの自然環境を整え、未来社会を持続させるということなのかもしれません。
「今後は、循環型エネルギーの取り組みやや災害避難所としての準備にも取り組みたいですね」
未来を信じ、現代を変えようとする思いを胸に、岡本和幸住職は今日も山と向き合います。
(プロフィール)
岡本 和幸/おかもと わこう
広島県生まれ。東京都新宿区、東長寺に務める傍ら、さまざまな文化事業を担当。1994年、瓦谷山・真光寺に入山し、住職に。仏事のほか、樹木葬墓苑の開設、里山再生、田畑の保全など、環境保全活動を積極的に行う。公益社団法人シャンティ国際ボランティア会専務理事。
瓦谷山・真光寺/がこくさん・しんこうじ
千葉県袖ケ浦市川原井634 https://shinko-ji.jp/