「これがなんていう……」 「これがカモシカシロップです。基本は割っていただくのですが、ストレートで飲んでも美味しいんですよ」 「いただきます。……ん、うまい。美味しい」 建築家の鈴野浩一さんとKIDZUKIによる、木の原初的な感覚を探求する連載企画「トラフと森へ」。人間が木を心地良いと感じるのはなぜなのか、人間はなぜ木にポジティブな感情を抱くのだろうか。普段取り組んでいる建築という分野で、近いようで遠かった木の本質への気づきと、その先につながる森の存在を愉しく感じるための「木トリップ」に鈴野さんと出かけます。
東京からも程よく近い自然 『暮らしの実験室』TŌGE
〈カモシカ飲料〉を開発したTŌGEは食品メーカーではない。建築家の上野有里紗さんと現代アート作家の立石従寛さんとで構成される「食」「育」「住」の3つを基軸としたプロジェクトである。そんなお二人がなぜ木を食材としたプロダクトをリリースすることになったのか、その動機や経緯を聞いてみたい。そして何より「木を食べる(飲む)」感覚を味わいたくて、鈴野さんはTŌGEの活動拠点である軽井沢・離山へと上野さんを訪ねました。
鈴野(以降S):「まずは、この離山という森にTŌGEの活動拠点を置くことになったきっかけをあらためてお聞きしたいです」
上野(以降U):「きっかけは今目の前に広がっている野草園から始まったプロジェクトで、かれこれ12年くらい前です。軽井沢の地の野草を救済してサンクチュアリみたいな場を作れないかという話がスタートでした。野草園を作るにあたってランドスケープデザイナーと一緒にこのマスタープランを考えた時に、植林されたカラマツを多少切らなければいけなくて。でも、ただ切り拓いて単にお花畑を作るというよりは、山全体の生態系がよくなっていく、より健康な形になっていくってことを目指そうと決めました」
U:「そして10年ほど経過すると、毎年新しい花が増えたり、新しい蝶が来たり、鳥が増えるっていうのを目の当たりにして。人が自然に介入していくことで自然がより良くなっていくという森の変化を見てきました。そんな中、2、3年前にロンドンの学生時代の友人でアーティストの従寛といろいろ話をして、彼が軽井沢に拠点を移すというタイミングでTŌGEを立ち上げようと決めました」
S:「あらためてTŌGEの活動について教えていただきたいです」
U:「TŌGEは、人と自然と人工物の新たな代謝を作る、というコンセプト。その中で生活を、食べること、育てること、住まうことという3つに分解し、多くのコラボレーターとプロジェクトを実験的に立ち上げます」
S:「プロジェクトは森に来て、そこから何かアウトプットして、という流れですか?」
U:「森から起因するものもありますし、逆に違うところでお会いした方とこういうことを森でやってみたいというお話があったとしたら、じゃあ一緒にこれができるかなとか。ただ、思ったよりここは難しい場所だからゼロから考えましょう、となったりもします」
S:「思ったよりもワイルドすぎると」
U:「そうですね。来たら尚更そう感じることが多いみたいですね。去年は浄瑠璃の方がいらして、東屋でパフォーマンスをやっていただいたんですけど、鳥の声とか虫の声とかも相まってすごく不思議な演奏になって面白かったです」
S:「普段やっていることをこの森の中で再現することで、森が舞台装置として増幅させたり、普段は気づかない感度で気付くとかそういうことが起きるっていう感じでしょうか」
U:「そうですね。アーティストとかパフォーマーとか作品を作られている人たちとのコラボレーションは、森っていうコンテクストにシフトすることで新たな立体感が生まれる感覚が今までの経験上あって。別のプロジェクトでは、アマゾンのジャングルに1年間原住民と住んでいた人類学者が製作した映画を木と木の間にスクリーンを張って夜間に上映会をしたんですが、映画館で見るのと全然違う体験になる。アマゾンでの経験と離山というコンテクストが被ることで何かすごく不思議な感覚になる」
森から切り出した木をオンラインで食卓に届ける、という面白さ
S:「次は食べる、について聞きたいんですけど、それがTŌGEの活動の中で三本柱の一つになるきっかけはあったんでしょうか」
U:「食べることってすごく身近なことですけど、食の文脈以外から照らされることがあまりないというのがまずひとつ。あと山には口にできるものがたくさんあるので、いろいろ探求の可能性がありそうだな、と。過去にはドリンク以外にもカエデから樹皮を採取して、メープルシロップを作ったりもしました。樹液を貯めて、煮込んでメープルシロップの水羊羹を作って、それを山で食べるお茶会をやったんですよ」
U:「木を食べる、って今ではあまり聞かないんですが、ただ文化史的にはロシアの方だと松ぼっくりのジャムがあったり、日本の食文化史でも食べられるものはいろいろあったようです」
S:「ただ、現代的なプロダクトはないという」
U:「それで何かできないかな、というのはありましたね。ただ木を使った何かです、というよりは計算不能なものが出てくることをTŌGEでは大事にしているので、ある種、原初的な感覚というかそういうのを突き動かす食っていうのはなんだろう。農耕に行く前の、狩猟採取時代の食べ物ってどんなだっけみたいな話とか。そういう話をしてましたね。木を食べることってできるよね、って」
S:「そして今回カモシカ飲料の企画に至るわけですけど、きっかけが森の木を使ってより価値の高いプロダクトを作るっていう発想からスタートされたと」
U:「この森からも間伐材が出ていてチップにするか木材にするしか道がないっていう状態を、もっとクリエイティブにしたかった。且つ、私の個人的な思いとしてはチップや木材は専門職の人しか扱いがないもので、切られた木がどこに行くのか世の中の人たちはそんなに考えないかもしれない。それが食というプロダクトであれば、どなたかの食卓にも起こり得るという。オンラインで買って、木が食卓に届きますっていう状態を作るのが結構面白いんじゃないのかっていうのがあって。 そして、それが単価が高いもの、原材料に対してコストパフォーマンスが良いものであれば、このTŌGEのプロジェクト全体への経済的なサステナビリティにも繋がる」
S:「レシピは、この離山で採れるもので成り立っているんですか」
U:「砂糖と水と、あと若干の晩柑の果汁を入れたりはしているんですけど、それ以外はカラマツ、モミ、アブラチャン、アカマツ、ヒノキと全て離山で採れた木で作られています。原材料は野草園の管理をしてくれているランドスケープデザイナーに日々ついでに収穫してもらっていて、あまりインダストリアル(産業的)じゃない形で作っています。もちろん製造は蒸留所や工場が入っていて、検査もひと通りやっているんですけど、材料の収穫はかなり小規模です」
S:「追求したのはどういうものですか。食感、味なのか」
U_:「味というよりも成り立ちとして離山の植生に合わせたかったんです。カラマツが一番間伐材としてよく出るので、カラマツの割合を増やす。カラマツって香りがすごく強い木ではなく、ただほのかな甘みを出すんです。だからカラマツの分量をかなり多くしないとその香りが出てこないとか、そういう調整を繰り返しました。後は飲みやすくしましたね。ちょっと糖度を下げるとか、木の感覚が感じられるけれども飽きがこないようなドリンクに。継続的に提供したいという意味では、1回ちょっと変わったものを飲んだ、っていうよりはファンを増やしたいというか、定期的に飲んでいただきたかったので」
木や森の味がする、という感覚。その起源は幼少期か人間本来のDNAか
S:「上野さんの言葉にも出てきていた、木の感覚、というキーワードがあったんですが、それって突き詰めるとなんなんでしょう」
U:「なんなんでしょう、木の感覚」
S:「森林浴のように、森を身体に入れるというか」
U:「そうですね、味としては離山で採れる5種の木から作っているんですけど、皆さんが食卓に置いて飲んでいただいたときに森を想起できるような香りの出し方とか、後味とか、そういうのを意識してブレンドしています」
S:「実際飲んでみて、本当に森を感じられるところが面白いですよね。海だと海に入ったときに水を飲み込んだり潮の香りとかが分かるけど、森を舐めているわけではないのに、森を口の中で感じられるのかなっていうのは、どういうふうに考えていますか」
U:「もしかすると幼少期の記憶。赤ちゃんとかであるらしいんですけど、無垢の家具に赤ちゃんが噛みついちゃったりすることがあって。小さいときに触れてはいるけど日常生活では我々が忘れてしまっているようなもの。そういう記憶を想起させているのかもしれませんね」
S:「確かに。あと、香りからも感じているかも。香りはみんな森に行って感じるので、それが身体の中に入ってきてるのかなとは思いますよね、口(味覚)だけじゃなくて」
U:「香りから逆算しているんですかね」
S:「僕はそういう感覚を受けました」
U:「香りと後味ですね。後味で結構木を感じるなと思っていて。香りは5種混ざっているので、こういう木はないんですよ。だからある種のキメラ(異質同体)というか、そういうものを我々の方で作って提案しているので。ありそうでない、ちょっとシュールレアルなもの。ありそうでなかった木の香り、つまり森なんですよね」
S:「そういう感覚って基本的にポジティブな反応じゃないですか、木に対して。それってつまり木は心地良かったりとか居心地の良さをもたらしたりする、っていう感覚と何か共通性があるのかなって想像するんですけど」
U:「さっき幼少期っていう話をしたんですが、やっぱり人間誰でも小さい頃っていろんなものと距離が近いと思うんですよね。それが人工物もあるし自然物もあるけど、特に自然物って大人になると距離がどんどん生まれちゃう。その小さいときに触れていた自然を思い出すという意味での心地良さが何かあるのかなと思います。多分記憶にすらあまりないくらいの。離山にも子どもは結構来るんですけど、みんな自然との距離とか自然の材質との距離が我々よりもすごく近いんです」
U:「触ったりとか五感でそれをすごく感じている感覚が大人よりも全然強いので。それがいい記憶だけじゃないかもしれないです。小さいときに山登りいっぱい親にやらされて、もう嫌だみたいな人もきっといる(笑)。でもポジティブな記憶として残っている場合、楽しかった、居心地の良かった記憶と結びつく何かがあるのかなって思ったりしますね」
S:「原体験が味で帰ってくるって感じなんでしょうか」
U:「そうですね、味で帰ってくるとまで言えたら嬉しいですね。でも開発初期に立石と話していた、原初の食ってなんだろうみたいなことが人間個人の原体験かもしれないし、人類全体の原始的な本能とつながってくるかもしれない」
S:「自分が小さい時に体験していなくても、人間のDNAにあるかつて森に住んでいた、というところからの記憶になっているのかもしれない」
U:「そこまでアクセスできてたらもう目的達成なんですけど(笑)」
S:「建築だと五感で感じるって言っても、触るとか目で見るとかはあるけど、聴くとか、特に食はなかなか遠い存在でもある。食で木を感じるってこれまでなかったので」
S:「裸足になりたくなるような床とかね。触覚や質感とかはあるけどね。味覚で木を表現するってないから、それをやられてるのが面白いなってすごく思った。それとこの離山。これを飲めるところも空間として作っていくとよりコンセプトが伝わるから、そこまで手掛けられているのがすごいですよね。こういう明るい森っていうのがあまりないですからね。人がやりすぎずに手入れしていく。でも観光地とかで人が入ってくる場所じゃないわけだから、すごい奇跡的な場所」
U:「天国っぽいとよく言われます」
S:「光がサッと入り込んでいて、自然の色がいっぱいあって、緑だけじゃないっていうのがいいね」
U:「人の手が入って初めてというか。私達は最近『文化的環境活動』っていう言い方をしていて、何か文化的な表象から環境を考えていくみたいなことを長期的にやっていきたいなと思っています」
PEOPLE
鈴野 浩一
Koichi Suzuno
トラフ建築設計事務所主宰、KIDZUKI クリエイティブチーム・コンセプトディレクター 。1973年神奈川県生まれ。1996年東京理科大学工学部建築学科卒業。98年横浜国立大学大学院工学部建築学専攻修士課程修了。シーラカンス K&H、Kerstin Thompson Architects(メルボルン)勤務を経て、2004年トラフ建築設計事務所を共同設立。
INFORMATION
Artist | TŌGE | https://www.toge.art |
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Product | KAMOSHIKA Drinks(カモシカ飲料) | https://shop.toge.art |