2023年11月より本格始動した、高知県馬路村とKIDZUKIの協働による「天然魚梁瀬杉」の価値ある未来を創造するプロジェクト。二人のクリエイターが参加し、これまでとは違うあらたな視点や活用法の模索がはじまりました。その一人である、高知県在住の山師でありウッドアーティストの高橋成樹さんが、最初の作品づくりに着手。制作プロセスとともに、彼の考え、表現に触れ、あらたな魚梁瀬杉の魅力を引き出します。
「出会った木で」作る。ウッドアーティストのインスピレーション
「とにかく、まずは作ってみようと思う」
その言葉の通り、出会った初日早々に、倉庫から3つの天然魚梁瀬杉を自身のアトリエへと運び入れた高橋さん。高知県在住の彼は、2017年に行われた天然魚梁瀬杉の最後の伐採の現場にも立ち会ったものの、実際に材料として触れることは初めてで、馬路村の皆さんとお互いを認識し合うのも今回が初めて。新しいプロジェクトに期待を寄せながらも、この時点ではチーム全体で完成形への想像が追いついていないことも事実で、そんな状況を突破するための彼の行動でした。それは、自ら山に入って木を伐り、自分の手を動かすことだけで作品を作り上げてきた彼だからこそできることなのかもしれません。
「馬路村の皆さんは僕がこの木でどんなもの作って、どこでどのように売れるのか、ということのイメージがまだつかないと思うんです。だから、すぐにでも手を動かして形にして見せる、ということが先決かなと思ったんです」
そして高橋さんのアトリエに訪問した一行は、作品を見ながら「出会った木」で作品を作ることを大切にしている制作活動に触れます。
そして訪問した翌月に東京で展覧会を控えているという高橋さんは早くも、今回出会った魚梁瀬杉で作る作品も出展しようという意向を示しました。
「高知でも毎年個展はしていますが、実際に買ってくださるのは県外からのお客さんがほとんど。高知の人にとっては木は身近すぎて、木の作品が欲しいとは思わないのかもしれないですね。まずは直近の東京の展示で、魚梁瀬杉の作品にお客さんがどんな反応をしてくれるか試してみたいです」
初めて触れる材。その制作プロセスで得た気づき
馬路村の視察からアトリエに戻り、高橋さんは息つく間もなく輪切りの魚梁瀬杉に向き合います。
「乾燥しすぎてボソボソに削られるかもしれないし、削り出している途中で割れるかもしれない」と、通常旋盤では連続的に削り出すところを、何度も手を止め、回転速度を調整しながら慎重に作業を進めます。
こうして1時間ほどで、高橋さんが初期から手掛ける”チーズ”の呼び名で知られる、ホールチーズのようなフォルムが特徴的な作品の巨大バージョン、直径約70cmの”ビッグチーズ”の姿を現した魚梁瀬杉。
「素材としては、最初は”ただのスギかな”という感じだったのですが、削り出していくうちにどんどん印象が変わりましたね。とにかくこの木目の詰まり具合がすごい!」と推定150年以上の天然魚梁瀬杉にしか出せないこの木目の表情に、高橋さんも圧倒された様子。
高知から東京へ。瞬く間に”作品”として人の手に渡った魚梁瀬杉
まずは一度作ってみるという意向のもと、完成した最初の魚梁瀬杉作品は、瞬く間に高知から東京へ。渋谷区で開催された展覧会へと出展されました。
展覧会オープン前から行列ができ、多くの人が心待ちにしている高橋さんの作品。4日間という会期にも関わらず、記念すべき最初の作品は、すぐに売却済となりました。
「お客さんは、作品のこの”大きさ”に魅力を感じて購入してくださったようです。まずは作品として売ることができたというだけかもしれませんが、次の展覧会では魚梁瀬杉の作品をメインにしたり、もっと魚梁瀬杉の価値が伝わるような展示にもできればと考えています」
「魚梁瀬杉天然木のスケールを感じられる作品に仕上げていただきました。展覧会では、たくさんの方の目に触れることに期待し、作品をきっかけに天然木が林立する馬路村の千本山に足を運んでいただければ幸いです」と、馬路村森林組合の皆さんも、この最初の大きな一歩に期待が高めています。
出会いから2週間足らずで、「高橋成樹の作品」となり、販売、そして使い手のもとへと納品されたという最初の事例。トライアルでのたった一点の出品ではあったものの、魚梁瀬杉の価値の可能性を大いに感じる素晴らしい最初の一歩へと結びました。人の暮らしを豊かにし、永く愛着を持てる「作品」としての魚梁瀬杉は、その価値を未来へとつなぐ重要な存在を担うのではないでしょうか。
この実績をもとに、次なる高橋さんの作品の展開へと続きます。そして次回、もうひとりのクリエイター、鈴野浩一さんが取り組む、また別の視点をもったプロジェクトストーリーを紹介します。
PEOPLE
高橋 成樹
Naruki Takahashi
高知県生まれ。健康な森を育て間伐し木材を生産する山師であり、木を加工して作品を作るwood artist。両軸の活動を通して真摯に山や木と向き合い、正しい知識や情報を伝えることを目指す。