「木と暮らす」vol.2 半世紀を経て、新たな時を刻む環境と同化するモダニズム住宅 - KIDZUKI
Category木のケーススタディ
2023.02.02

「木と暮らす」vol.2

半世紀を経て、新たな時を刻む
環境と同化するモダニズム住宅

ル・コルビュジエ、ペリアン、プルーヴェと協働した日本人建築家、進来廉(すずきれん)が1974年に手がけた住宅。工業部材と木材を巧みに組み合わせたモダニズムの名作が、半世紀の時を経てギャラリーとして生まれ変わりました。

環境に配慮した、小さくも開放的な平屋

東京都心から、北東へ車で1時間ほど。千葉県最北端の街、野田市は、東に利根川、西に江戸川という2つの川に挟まれた三角地帯です。一帯に広がっていた大豆畑や塩田、そして水運を利用した醤油づくりが昔から盛んに行われていました。世界のトップブランドであるキッコーマンのお膝元としても知られ、興隆の歴史を感じさせる近代産業遺産が現在も多く残っています。

現役で稼働するもろみの貯蓄タンクが並ぶ醤油工場のすぐ裏手。細い小道を入ると、緩やかなカーブを描く白壁がすっと天に伸び、屋根と直結している特徴的なかたちをした家が目に入ってきます。この平屋造りの住宅は、1974年に建築家の進来廉が手がけたもの。

すぐ隣にある伝統的な日本家屋で暮らしていた施主は、結婚を機に新居の建築を敷地内に計画。海外生活経験もあり、モダニストだった施主は、フランスでル・コルビュジエやジャン・プルーヴェ、シャルロット・ペリアンと交流を重ね、独自の建築思想を構築していた建築家、進来廉さんに設計を依頼しました。

進来さんが提案したのは、鉄筋コンクリートの壁に鉄骨の切妻屋根を乗せたシンプルな造りの平屋。屋根の高さを抑えた建屋は、家を取り巻く緑やすぐ隣に建つ母屋日照や視界をできるだけ妨げないようにしたいという、周辺環境への意識の表れでもありました。

一方で、内部は八角形の暖炉を中心にリビングやダイニングが一続きになり、開放的な空間が広がっています。軒下を囲むポーチの玄昌石をリビングフロアまで伸ばしたり、軒裏に施した縁甲板張りを室内の天井につなげるなどの工夫も。建屋の内と外で、建材やしつらえを共通させることで、家のなかにいながらにして庭先に佇んでいるような心地よい空間に仕上げています。

木の質感、色合いを巧みに取り入れたインテリア

構造体として壁は鉄筋コンクリート、屋根にはH型鋼の鉄骨を用いたモダン建築ながら、各所にふんだんに木材を取り入れているのも、この家の特徴でしょう。

前述の軒裏と天井を一帯で包み込むラワンをはじめ、南と西側の開口をぐるりと取り囲むのは、米松のスライド式雨戸。さらに、エントランスからリビングへとつながる廊下に施した回転式の木戸をはじめ、カーテンレールや建具もすべて雨戸と同じ米松を使用しています。そしてリビングから一段あがったところにあるダイニングの床は、ナラ材を細かな寄木張りにして空間にリズムをつけているのも印象的。

コンクリートや鉄骨だけでは、どうしても建材の色合いやテクスチャーがフラットになり、無機質で冷たい印象になりがち。だからこそ進来さんは、木材を多用することで、豊かな自然環境に恵まれた土地に立つ家の内と外のテクスチャーを連続させ、住宅と景色と一体化を試みたのでしょう。

白を基調に黒やグレーを合わせるモノクロの色彩構成が一般的だったモダニズム建築に、進来は樹木の枝や幹と同じ色のダークブラウンをプラス。さらに暖炉の周りにアクセントとして新緑を彷彿とさせる鮮やかなグリーンのガラスモザイクタイルを加えるなどして、より環境にマッチした空間構成を展開しています。

さらに、キッチンやダイニングなど必要な位置にトップライトを設け、採光を調整。一部の妻壁(屋根と外壁のあいだの三角形のスペース)やサッシ上部の欄間をガラス張りに仕上げています。太陽の巡りとともに、さまざまな方角から光が差し込み、白壁に映し出される庭木の葉陰を眺めながら、心穏やかに感じる時の移ろい。この部屋のなかにいると、そんな豊かな感覚を思い描きながら、進来さんは設計を考えたのではないかと想像してしまいます。


天窓から柔らかな光が注ぐダイニングから、北面に広がる静かな庭をのぞむ。南側の景色も眺めることができるこのスペースは、施主がもっとも気に入っていた場所だとか。

新たなかたちで紡ぐ、暮らしの豊かさ

家族の成長とともに、一つの役割を終えたこの住宅。一時は飲食施設として転用されようとしていた折、リノベーションによってオリジナルの魅力がどんどん失われることに懸念を覚えたオーナーが知人に相談。インテリアスタイリストの川合将人さんと出会ったことにより、新たな転機が訪れました。

「進来廉さんの経歴や存在は知っていたものの、こんな素晴らしい住宅が都心近郊に残っていたのは本当に驚きました」

なんとかして設計者が当時思い描いたイメージを手繰り寄せ、オリジナルの状態に戻したい。そう考えた川合はさっそく動き始めます。

しかしながら、当の本人はすでに他界しており、設計時の思いを直接聞くことはできません。川合さんは施主の思い出話を聞きつつ、金沢工業大学建築アーカイヴス研究所が収蔵する進来廉さんの資料から、各プロジェクトの原図や写真、模型などをリサーチ。竣工時に掲載された雑誌記事を参照するなどして、できるだけの情報をかき集めました。

家の北西に位置する部屋は、元は寝室だった場所。壁面を斜めに切り取った小窓が空間にリズムを与えている。

「構造体としてはコンクリートや鉄を用いながらも、実際に手や目に触れる部分は、かなりのボリュームで木材を使うことで、馴染みのある景色が生まれている。さらに進来さんの設計図は、素材の指定から、暖炉の収め方、家具のしつらえ、造作の仕方など、書き込みが非常に細かい。これは建物だけでなく、インテリアの意識が高かったという証でもあると思います」

軒裏のラワンをはじめ、元々使われていた素材が良質だったことも功を奏し、リビング&ダイニング周りは、ほぼ問題なくそのままの状態で使うことが可能に。一方で、キッチンやバスルーム、玄関周りの建具、空調設備などは、レストラン用にアレンジされていたため、大規模な修復が必要でした。

「進来さんがいまこの現場に立ったら、どう考えるだろう。オーナーとも相談しながら試行錯誤を繰り返し、丁寧に選び抜きました」

敷地を囲う塀も景色と一体化することを考え、リノベーション時には、金具を一切使わないクロスポール工法で仕上げたウッドフェンスを家の周りに新設。

蘇った空間は、セルジュ・ムイユの照明など、川合がセレクトした海外メーカーの家具やビンテージ品、日本のアートなどを紹介するショールーム「BUNDLE GALLERY」として2022年5月にオープン。撮影スタジオとしても貸し出され、建築&デザイン関係者から注目を集めています。

「ホワイトキューブで展開する一般的なギャラリーとは違って、ここは人が豊かな日常を過ごすためにつくられた空間。だからこそ作品をじっくり鑑賞するというより、作品と空間が一体となって、色褪せることのない時間を刻んでいく様子を楽しんでいただけると思います」

半世紀を迎えたいまも古びることなく当時のまま息づく、進来廉さんの建築思想。人の存在や環境のあり方を丁寧に建築に取り入れたからこそ、時代や目的が変わっても、新たな感覚を纏い、次世代へとその存在が受け入れられていくのでしょう。

INFORMATION

Place BUNDLESTUDIO
Photos Kohei Yamamoto
Writing Hisashi Ikai

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