「木」で「居心地」を良くする〈KIGOCOCHI〉開発ストーリー - KIDZUKI
Category木のケーススタディ
2023.10.19

「木」で「居心地」を良くする
〈KIGOCOCHI〉開発ストーリー

三菱地所ホームが地球環境や持続可能性に対する取り組みの一環として国産材を活用した空間木質化とマンションリノベーション〈KIGOCOCHI〉を構想。KIDZUKIの活動から派生したこのプロジェクトのテーマは「木で居心地を追求する」という、とてもシンプルなこと。スペックや機能だけでなく、住む人が感性で木を感じ、どこよりも寛げる場所を目指して。そんな〈KIGOCOCHI〉のコンセプトワークやデザイン監修を担当した鈴野浩一さんが考える木の魅力、ご自身と木の原体験、そして開発ストーリーを語っていただきました。

KIDZUKIを通じて気づいた、木の魅力と木の原体験

僕は小さい頃、木造の住宅で育ちました。昭和ではありがちですが、木の柱を身長計にして線を彫ったりして……。経年変化だけでなく、そういった傷すらも愛着になるような、または撫でたくなるような魅力が、自然素材にはあると考えています。きっと石も木と同じような感覚かもしれませんね。今でもそういった木や石などの自然素材を見つけると、執拗に撫でるどころか、ついつい抱きついてしまうような習性が僕のDNAには組み込まれているようです。

2022年から三菱地所ホームと取り組んできているこのKIDZUKIで、僕はコンセプトディレクターを務めています。そこでは、木に取り組んでいる全国のクリエイターや森を活性化させるために日々真摯に活動する地域の方々との交流があり、あらためて木の魅力を再発見しています。ひとりの建築家という立場としても、木という自然の魅力をふんだんに活かした空間づくりや、ものづくりのインスピレーションが次々と湧き出てきていたところに、ちょうど今回の〈KIGOCOCHI〉につながるプロジェクトの構想を聞くことになります。

僕に与えられたミッションは「住空間の木質化」ということで、まずはマンションリノベーションを想定したコンセプトワークとデザインに取り組みました。取りかかりとして、まず「木と居心地」という視点でリサーチを行うところから始めることにしました。あらためて、昨今の住宅における木の存在が表層的にマッピングされたような、均質で人工的な存在になっていて、僕が本能で抱きつきたくなるような生命力に満ち溢れた木とはだいぶかけ離れてしまっていることがわかってきました。人間が本能で木を感じられるくらい、塊(かたまり)として木が住空間に現れて初めて、「木」で「居心地」を良くすることにつながるのではないか。そのリサーチを通じて、住空間における木の本質に少しずつ近づいていきました。

友達とよく木登りをしたときの気持ちはどうだっただろうとか、ツリーハウスがなんで気持ち良いのかな、とか。そういう原初的なイメージに立ち返っていろいろな想像を巡らせながらのリサーチは続きました。幸運なことにKIDZUKIを通じて森に出かけることが多かったので、多種多様な木を多く見て、触れたり。木のシロップから作られた木のドリンクを森で飲んだり。樹齢200年以上のフィンランドの希少な材で作られたログハウスで薪サウナに入ってみたり。木が人間の五感を刺激する状況を実際に体験し、あたらしい居心地を目指しました。

KIDZUKIのリサーチ活動を通じて生まれた〈KIGOCOCHI〉はマンションリノベーションのこれからのスタンダードを目指した。居住スペースの中に出現した大木(コア)を中心にあたかも人が木に寄り添うかのような、やさしさと安心感に包まれる居心地を追求。国産ヒノキ合板を中心に木をふんだんに使用し、木の生命力を感じながら毎日を過ごす。さらに木の経年変化を楽しめるような暮らしの在り方の提案となっている。

大木が住空間に現れ、その周囲に変化が起きる

「木に寄り添う暮らし」というイメージは〈KIGOCOCHI〉のコンセプトとして早い段階から設定しました。大きい木があると僕みたいに抱きつきたくなるよね、とか。枝の下や、根っこの上、洞穴の中にいると妙に安心感があるよね、など。人が大木に寄り添えるような状況を居住スペース、特にマンションという制約が伴う空間でも再現できるだろうか。毎日快適に暮らすための機能と両立させることができるだろうか。リサーチ段階で得た木にまつわるさまざまな気づきや発想を、今度は現実のプランに落とし込むための作業に移っていきました。

住宅のなかで、どんどん表層的になってしまった木。突き板を使っていればまだしも、主流は木目を印刷したシートや樹脂系素材になってきています。もう少し本来の生命力のある木に近づけるにはどうしたら良いのかと考えました。一般的には聞き慣れない言葉だと思いますが、建築では「図と地」という視点で考えることがあります。人がなんらかの形として認識できるものを「図」と呼び、その背景となるものを「地」と呼びます。現代の住宅において木は完全に「地」の存在だったと思いますが、〈KIGOCOCHI〉では、木の存在を「図」の方に反転してみようと考えました。木が塊(かたまり)として認知される状況を量感として作り出す。そして、木の塊(かたまり)が大木のような存在として空間のなかで軸となり、全体がひとつながりの大きいワンルームのようになっていくという構成提案にたどり着きました。

暮らしに必要な主要機能を3つの木の塊(コア)に効果的に配置。「玄関・寝室のコア」「水回りのコア」「キッチン・家事・スタディスペースのコア」それらをタイプ別にレイアウトするというシンプルな発想から生まれた基本思想で、従来のマンション間取りにとらわれることのないリノベーション手法で、より機能的でコンテンポラリーな暮らしを実現する。コアを外側に分散させたり、中央に集めて周囲を回廊的に広々と使うなど、なるべく自由な発想でレイアウトを検討できるようにしたという。

木の塊(かたまり)をひとつの空間の中に挿入しただけで、その周りが変わっていくということをイメージしながら、マンションリノベーションのプランを設計しました。ただ、実際に効果を確かめるためには、具体的な場所でリノベーションを実践するのが一番の近道になると考えました。そこで、実在する2LDKマンションのモデルルームをトラフがリノベーションさせてもらうことにしました。1分の1スケールで検証し、作り込むことによって初めて見えてくる「木に寄り添う暮らし」が出来上がってきました。

木のリノベーションで、居心地をつくりだすために

従来の典型的なマンションの間取りは、内に向かった部屋を壁で仕切る手法が主流。〈KIGOCOCHI〉は壁を一切設けることなく、ベッドルーム、玄関、キッズルーム、キッチン、書斎、水回り、リビング・ダイニング等がゆるやかに共存する空間を実現した。コアから伸びる庇が木の下を連想させたり、床に伸びた木が根っこの上にいる感覚を想起させたり。まるで森にいるような感覚で木に触れていられる。

基本的には「コア」と呼んでいる3種類の木の塊(かたまり)を置くことで大木の周りに自分の居場所ができる。さらに木の中に洞穴を見立てたようなスポットができたり、庇が伸びた先は木の下にいるような気持ち良さ、または木の根っこに座るような落ち着きを生み出すためのボリュームの配置を考えていきました。典型的なマンションの間取りにあるような廊下と部屋で仕切るという考え方ではなくて、軸となる大木の内側はもちろんのこと、外側にも流動的に住む人の居場所が形成されていくような考え方です。

通常の2LDKを想像してもらうと、玄関をガチャっと開けると細い廊下だけがあって、閉ざされた部屋のドアだけが見えてくるみたいな風景になります。それぞれを内向きに閉じたら狭いんですけど、〈KIGOCOCHI〉ではそれを外側にも開放していくようにしました。スライディングドアを開けておけば、個室同士にゆるやかなつながりが生まれるのでさらに広く使えます。また、廊下を少し拡大し、そこが単なる通過するだけの廊下ではなく居場所にする。そのひとつは勉強や仕事をするための書斎や家事をするためのスペースになります。または廊下に面した場所にアルコーブをつくり、ベンチを用意することで、部屋とも廊下とも言い切れない新たな居場所が生まれました。

同じような発想は床にも現れてきます。メインの床部分は自然由来のリノリウムを使い、あえて木の床ではないのですが、コアとつながっている一部分だけ木が床へ伸びていくことで、木の根っこのような存在として、木を感じてもらえるようにしました。家の中では裸足になることも多いので、例えば水回りの内側は、名栗加工が施されたゴツゴツとした感触の床を採用しています。裸足で歩くとものすごく気持ち良いのですが、それがそのままサウナ室と同じ床材でつながって、木に包まれた感覚を増幅させてくれます。あたりまえですが、木は使っているうちに経年変化が起こります。その変化が楽しみになる家って良いですよね。手に触れるところ、たとえばドアハンドルだったり引き戸の引き手だったりも全部木で、ドアハンドルなんかは無垢の木の塊ですから使うほどに味わいが出てきます。

森で見つけてきた木の枝をフック代わりにレイアウトする鈴野さん。コアの側面に配されたカスタマイズウォールは、住む人が棚やフックなどを自由にレイアウトできる。オプション仕様として、水回りのコアへ自宅専用のサウナも設置できるようにした。サウナのなかで木に包まれる感覚は一日の疲れをぐっと癒やしてくれるはず。

コアは大木を彫り込んでいくみたいなイメージでデザインしています。ただ、現実的には本物の木の塊(かたまり)というわけにはいかないので、生きた木を感じることのできる素材選びを考え抜きました。そして、香りだとか木目、色、いろいろな選択肢の中から日本を代表する樹種のひとつであるヒノキを選びました。KIDZUKIの取材で訪れた愛媛県の共栄木材さんの木材に対する丁寧で真摯なこだわりを拝見し、ヒノキ合板を仕上材として使用できるように依頼。規格材をそのまま使用することで経済性を高めた他、さらに細かいディテールとして、目地を天井から揃え、切り出した材料をなるべく無駄にせず、切ったものをまた次の場所に使えるサステナブルなデザインとしました。こうして、生きた木に包まれた理想のコアを実現することができました。

リノベーションの場合、元々からある場所の良さを最大限に引き出すことも大切です。僕も2年前に自宅をリノベーションしたのですが、その過程で感じたことも等身大で詰め込みました。物件によっては角部屋であったり、コの字型で窓がある間取りもあります。3つのコアを分散することも、2つを一体化させて「2+1」に。さらにすべてを集中させて、その周りに回廊的な残りの部分があるレイアウトも実現できます。もちろん、新築での導入や戸建て住宅にも応用できるようにコアの設計はされています。ショールームで施主さんと話し合い、サイズ調整をしたり、機能を追加することもできます。もし天井が高い物件であれば、コアの上部にロフトを作るような発展も検討できます。そうなると、木の上で佇むツリーハウスのような場所が実現して、とても居心地が良さそうですね。

実際のマンションの間取りで〈KIGOCOCHI〉を確認できるモデルルーム(完全予約制)も横浜みなとみらいにオープンした。各種マテリアルサンプルや家具や雑貨のスタイリングなど、リノベーションを検討するためのイメージを具体的に膨らませてくれるはずだ。

PEOPLE

鈴野 浩一

鈴野 浩一

Koichi Suzuno

トラフ建築設計事務所主宰、KIDZUKI クリエイティブチーム・コンセプトディレクター 。1973年神奈川県生まれ。1996年東京理科大学工学部建築学科卒業。98年横浜国立大学大学院工学部建築学専攻修士課程修了。シーラカンス K&H、Kerstin Thompson Architects(メルボルン)勤務を経て、2004年トラフ建築設計事務所を共同設立。

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INFORMATION

Product KIGOCOCHI
Showroom 三菱地所のリフォーム「リフォームショールーム」
Photos Kouhei Yamamoto
Text Koichi Suzuno, KIDZUKI

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