KIDZUKIのコンセプトディレクターでありトラフ建築設計事務所の建築家、鈴野浩一さんの発想が、学生とのワークショップを通じてひとつの形になりました。FURNITURE FOR TREE ー それは、「木のための家具」を作るということ。まずは素材である木に着目するところからはじまったこのワークショップ。7つのチームがそれぞれの視点を持ち、大学の敷地内に生えている木のための7つの家具が完成しました。ユニークでありながら物事の真髄をつくこの投げかけに、どんな考察やプロセスが生まれたのでしょうか。
「木」との対話からはじまる家具作り
「日本は国土面積に占める森林面積の割合が68%と、世界1位のスウェーデンに続いて世界第2位の森林率を有しています。それゆえに古くから日本では木という素材が文化に根深く関係し、木工技術、工芸も世界的に見ても今もなお高いクオリティを維持し続けています。このような日本の文化に深い関係性を持つ”木”に着目し、”木”との対話を通じて、木そのもののこと、木を取り巻く環境、木から生まれるもの、素材として木などを考察し、そこからFUNITURE FOR TREE、”木のための家具”を制作することで、普段あたりまえにある景色を違った角度から見つめ直すことの重要性を感じてもらえればと思います」
鈴野さんから届いたFURNITURE FOR TREEのコンセプトです。デザインや建築の領域において、まず伝えたいことは、制作における技術よりもさまざまな視点をもつとうこと。森林はもちろん建造物や生活道具に至るまで、あらゆる環境や形状で存在する「木」を起点にしているからこそ、そのメッセージはよりダイレクトに伝わるのでしょう。
そして今回、この構想が建築学科を専攻する大学生向けのサマースクールのテーマとなり、鈴野さんは、プロダクトデザイナーの熊野亘さんとともに講師として参加しました。期間は1週間。参加した28名の学生は4人ずつ7つの班に分かれ、大学の敷地内に生えている木を観察しながら場所を選び、作品のコンセプトを考え、実質3日間で家具を制作。材料となる木は1×4材、2×4材、2×6材、35ミリの角材の4種類のみ。短期間で材料の制約があるなかでも、FURNITURE FOR TREEのテーマが、彼らの発想をより自由かつコンセプチュアルなものへと導きます。
7つのチームから生まれた7つの家具
サマースクールの最終日。サマースクールを実施したゼミの教諭と鈴野さん、熊野さんそして建築家やデザイナー等7名のゲスト審査員が参加のもと、講評会が開催されました。各班による作品を巡りながら、学生によるプレゼンテーションが行われ、作品に触れながらさまざまな会話が飛び交いました。
Team A:「teTrace」
作品名である「teTrace」(テトラス)は、八掛け支柱による「tetara(三角錐)」と学生が集う場所「terrace(テラス)」をかけ合わせた造語。選んだのは大学建設時から植樹されているというかつてはランドマーク的存在であった枝垂れ桜。現在は建造物が増えたこともあり目立たなくなってしまったが、学生が再び枝垂れ桜に寄り添う風景を取り戻すような家具を目指しました。
Team B:「giraffe」
選んだのはキャンパス内のローターリー中央にあるシンボルツリー、クスノキ。その名の通り「giraffe=キリン」をモチーフとしたのは、この大きなクスノキに見合う大きなスケールだから。地上から2.5メートルの高さに座面を設け、ツリーハウスのような存在感が表現されています。
Team C:「PTB06」
学生が行き交うメインストリートの交差点、噴水広場の根上がりのある木を選定し、PTB(Protect Tree-Bench)と名づけられた「木を守る家具」を制作。木を傷つけないようにアスファルト部分のみの設置とし、踏圧などによる土壌の固まりを防ぐなどに配慮し、人が木に寄り添うことができる家具とともに街路樹と人の在り方を提案しました。
Team D:「ふうのみベンチ」
キャンパス内のバス停や運動場、カフェからも隣接する芝生エリアの一角に生えているモミジバフウの木。大きな星形の葉とやさしい棘で覆われた丸い実が特徴ですが、人の目にあまり留まることがないという点に着目。木の下に座り、実が落ちて転がる様子を楽しむことができ、木のストーリーと遊びごころが詰まった家具が完成しました。
Team E:「ヤマモモ『』」
高木で光沢のある葉が生い茂り、独特の存在感があるヤマモモの木。作品名「ヤマモモ『』」の『』はフレームの意。ピクチャーフレームとして木の一部を切り取るように見られたり、構造体として人の居場所を作ったり。格子状のフレームの幾何学性がヤマモモの木の有機性を引き立て、人と木が共存できる家具を目指しました。
Team F:「TRACK in the forest」
さまざまな種類の木と苔が広がるエリア。健康遊具や芝生広場も隣接したこの場所一帯を使って、複数の樹木の木陰から生まれる水平空間をつなぐような家具を制作。木を観察する機会を増やすとともに、木に触れながら楽しめるアクティビティの要素も詰まっています。
Team G:「Fuji-round」
キャンパス内のカフェテリアやキッチンカー停車エリアの中央にあるサークル状の藤棚。春には美しい藤の花が咲きますが、この場所でうまく蔦を伸ばしきれずにいる様をやや殺風景に感じたため、より人々が集まり、心休まる場所にしたいという想いから、植物と人が共存するための遊具のような家具を提案しました。
「木のための家具」だからこそ学べること
7組のプレゼンテーション後、審査員一人ひとりからの講評、そしてゴールド、シルバー、ブロンズで賞の発表をもってサマースクールは終了。どの審査員も、木と向き合ったからこそ生まれたアイデアや表現に説得力と感動をおぼえたようでした。講師の鈴野さん、熊野さんも改めて今回のFURNITURE FOR TREEを振り返ります。
「素材に制約がある中で、それらをどうやってよくみせるかというところは大変だったと思います。だからこそ、アイデアだけではなく“体験”することが大切です。例えばネジを一本打つことがどれだけ難しいか、設計する段階からわかっていることが大事。僕はデザインする上でいつも「使う人、作るひとへの思いやり」を大切にしています。今回は木を思いやり、使う人を思いやり、自分たちの手で作ったけれど、作り手のことも思いやった。みんなの思いやりがとても込められていたと思っています」(熊野)
「コロナの影響で、途中チームの参加人数も減り心配もありましたが、最後の最後までヤスリをかけたり、ビスを見せないような工夫などを積み重ねていることに感動しました。順位をつけるのは難しかったし、どの作品も僅差。自分からは出ないようなアイデアが新鮮だったし、おどろきがたくさんありました。環境、由来、季節など木のことを知り、はじめから終わりまでを考え、家具として提案すること。それはコミュニケーションを強化していくことでもあるんです」(鈴野)
素材を知るというのはものづくりをする上では当たり前のプロセス。しかしその先に見出すことは、ものづくりのための知識や技術だけではありません。社会への幅広い視点や生きる上での大切な感性など、「木」がテーマでなければ決して生まれなかったような気づきだったかもしれません。FURNITURE FOR TREEの考察はこれからもさまざまな環境、人とともに続きます。
PEOPLE
鈴野 浩一
Koichi Suzuno
トラフ建築設計事務所主宰、KIDZUKI クリエイティブチーム・コンセプトディレクター 。1973年神奈川県生まれ。1996年東京理科大学工学部建築学科卒業。98年横浜国立大学大学院工学部建築学専攻修士課程修了。シーラカンス K&H、Kerstin Thompson Architects(メルボルン)勤務を経て、2004年トラフ建築設計事務所を共同設立。