そのはじまりは、母親の誕生日プレゼントに贈った手作りの木のカップでした。もっとも身近な素材で、もっとも身近な人のために作る。15年以上経ったいまもその想いは変わらずに、鹿児島から木の魅力、木の未来を自分たちらしいスタイルで広げている木工集団、Akihiro Woodworks。彼らにとって子どもの頃から身近な存在である木との関わりは、変化を重ねながら、これまでも、これからも続いていきます。
代表作「jincup」と歩んできた木工の道
鹿児島を拠点に活動するAkihiro Woodworks(アキヒロ ウッドワークス)は、長男で木工作家のアキヒロジンさんと、三男で彫刻家の秋廣琢さんという「秋廣家」からなる木工集団。そのルーツには、今も現役の木工職人である二人の父親、秋廣昇さんの存在があります。ジンさんが3歳の頃、昇さんが独立。30年ほど前に建てた実家は工場と隣接しているため、ジンさんも啄さんも幼い頃から端材や機械など、木工にまつわるものやことを毎日目にする生活を送っていました。最初は手伝わされていたという家業も次第におもしろくなり、子どもの頃から油絵や彫刻などアートに親しんできた2人が、本格的に木工に関わるようになります。
「家業を継ぐというのとは違う感じですね。親父は事業を大きくして息子に継がせようなんてこれっぽっちも考えていなくて。家具の制作やリノベーションなどいろんなオーダーが来ますが、それは親父のファンであるお客様からの依頼であって僕の仕事ではないんです。だから、職人である親父の仕事を”継ぐ”ということにはならないんです。それで自分の事業をしなければと思って、プロダクトを作りはじめたんです」
そう意識しはじめたのは、ジンさんが22歳の頃。彼は自分にとって身近な、同世代の友達に向けたものづくりをイメージしました。
「当時、Zippoライターを買ってきて、そのカバーを木で作ってセットしたものを友達に売っていたんです。でもだんだん、このライターを仕入れるということは必要なのか? と思いはじめて。それでカップに行き着いたんです。カップならここにある木だけで作れる。家具を作っても、同年代の友達にはなかなか買ってもらえないけど、小さい数千円のものだったら買ってもらえるかなと思ったんです」
こうして誕生したのが「jincup(ジンカップ)」。その最初のプロトタイプは2007年、母親への誕生日プレゼントとして作ったものなのだそう。「当時はまだ父の手伝いをしている身で、手作りのものを贈ることしかできなかった」とジンさんは振り返りますが、身近な人に使ってほしいというその想いは、Akihiro Woodworksが大切にしているコンセプトそのもの。
そうして自分の事業として、jincupの製作がはじまります。当時はまだ技術も不安定で、カップをひとつ作るのに多大な時間を要し、納得のいくクオリティにいきつくまで1年以上かかったと言います。少しずつオーダーが増えてきた頃、弟の琢さんも加わり、それまで家具製作の端材を使用していたものから、本格的にこのカップを作るための木材についても考えるようになりました。
彼らが身近な木を使う理由
数年にわたる試行錯誤を経て、現在jincupはクスノキ科の広葉樹であるタブノキで作られています。全国に分布している木ですが、鹿児島の温暖な気候で成長スピードも速く南九州では多く生息しています。タブノキをはじめ、皿用のクスノキや、家具や内装用のヤマザクラやケヤキなど、すべて地元近郊で育った木を使うことにこだわりをもっています。
「タブノキをはじめ僕らの製作で使う木材は、地元南薩摩の銘木市場やきこりから仕入れています。近くの山で採れた木で作るっていうのが僕らのやり方。昔は家具を作る時、加工する木材は木材屋さんが持ってきてくれて、そこから選んで作るという流れでした。木材屋も設計士さんもお客さんも、みんなが使う木に対する共通の認識をもって仕事をできたのがよかったと思うんです。でもここ数十年で流通が発展し、世界中の情報からどんな木でも手に入れることができるようになりましたが、その一方で輸送コストも上がり、日本の経済も縮小され、それまでの木材の常識が壊れていってしまった。だから、外国産材ではなく身近な木を使う人が育つ以外に、木の未来はないんじゃないかなと思っています」
木材の流通の現状を目の当たりにしているからこそ、改めて身近な木を使うことの必要性を感じている彼ら。それが「気持ちのいいものづくり」にとって大切だということも教えてくれました。
「たとえばアメリカからウォールナットを輸入して、ここ(鹿児島)でものを作って、またそれをアメリカに輸出するよりも、裏山の木で作ったものをアメリカに輸出するほうがやっぱりいいなって思うし、それが気持ちのいいものづくりなんじゃないかな。綺麗な流通のマーケットがあって綺麗なデザインになるんじゃないかって、ずっと模索し続けているんです。この価値観を共有できる人同士だったら、有名デザイナーかどうかも鹿児島もアメリカもヨーロッパも関係なく、同じベクトルで話ができるはずだと思っています」
現在、春に木材を買い、5年乾燥させ、秋の年に一度の展示会でオーダーを受け、冬に制作して納品するというサイクルが定着したAkihiro Woodworks。もっと作ってほしいという依頼も多いそうですが「無理してサイクルを変えるよりは続けていける形で」と、身近な木の生態を理解し乱獲をせずに無理ない生産数で、彼らのプロダクトを心待ちにしている人たちに向けて作り、届けるそのスタイルを貫いています。
“Made in Kyushu”への想い
そして身近な木だけでなく、身近な人とのあたらしいプロジェクトもはじまりました。同じく地元・鹿児島に窯を持つ陶芸スタジオ〈ONE KILN〉とのコラボレーションにより、磁器のjincup「jincup ceramics」が完成。〈ONE KILN〉の城戸雄介さんが修行元である、佐賀県・波佐見の職人の力を借りて型を作り、木のjincupと同様のデザインが磁器にも落とし込まれました。
「高校時代からの友人、〈ONE KILN〉の城戸さんと、いつか何か一緒にやりたいなってずっと話をしていたんです。自分だけで作っていたら、どうしてもやれる仕事のスケールの上限が決まってきてしまう。その状態になったときに、仲間が必要なんだってすごく思ったんです。それで”Made in Kyushu”のセラミックを作りました。身近なものは木だけではないし、木も磁器も両方良さがある。九州の仲間と、新しい視点で新しい世界も広げていきたいんです」
発売当初からずっと同じ価格で販売し続けていたjincupは、コロナ禍をきっかけに価格を1.5倍〜2倍に改定。続けていくための大きな決断ではあったものの結果注文は減らず、現在は納品後1週間ほどで売り切れる人気ぶり。
「値段が上がっても、僕らを評価してくれてずっと使ってくれる人がいてありがたいです。僕らは家具屋の息子として育ってるから、自分たちが作ったものをずっと家で使ってきました。親父は全く宣伝をしてこなかったけれど、自分が作ったものを誰かが使って、それを見たまた別の誰かが次の注文をくれるっていう姿を僕たちはずっと見てきました。だから、”ものを使ってくれている”ということの力を、すごく信じているんです」
「良いものを作れば、よい物を使う人が増える。それを続けてゆくこと」。それが彼らの活動。身近な木と身近な人、身近なものを大切にしてきたからこそ今があり、そこからもっとよりよい未来を私たちは信じてやみません。
PEOPLE
Akihiro Woodworks
Akihiro Woodworks
鹿児島を拠点に活動する木工集団。身近な山から採れた木を使いこなしてカタチを創り、価値を生み出すことで社会に貢献する。「jincup」等オリジナルのプロダクト製品の展開、家具制作、店舗、住宅内装から、彫刻作品、インスタレーション作品の発表など、活動の幅を広げ続けている。 良い物を作れば、良い物を使う人が増える。それを続けてゆくこと。それこそが、より良い未来へ向けて、僕等にできる唯一のことだと信じています。良い物の基準を探す旅へ、自分のため、あなたのために。